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今回のブログ担当は3班です。

今日の校外学習は、本来6月18日に予定されていて台風の影響で中止になった授業内容
今回、上田先生、会場のノア・アコルデ音楽アートサロン(豊中市)オーナーさんのご厚意
そして、何よりも両CDの熱意により復活・実現した校外学習だ。
感謝だ。

授業内容:チェンバロからピアノへ

繊細なチェンバロ、ダイナミックなピアノが今回の授業会場に響き渡った。
視聴覚室で聴く演奏とはまた違った感動だ。

最初はチェンバロの演奏
低音部と高音部の重なりの織り成す音楽
自分の好きなスチール弦の特有な音と短く響く音で展開する音楽
まるで2分された心に響き、それが融合するような感じだ。

自分が初めてチェンバロの音色を聴いた事を思い出す。
確か30数年前NHKFM早朝のバロック音楽、オルゴールに似た音色でなぜかこの曲たちによって一日快く過ごせた。それは、この楽器・作品に秘められたこの内容であったのかもしれない。

チェンバロは、音を重ねれば一定の大きな音が出せるが、弱音が出せない構造になっているらしい、それで弱音(ピアノ)を出せる楽器としてピアノが作り出されたらしい。
そういった説明を受けてなおさら、音楽表現を音楽三要素で奏で、演奏者・聴く人に感じる音の強弱を委ねた楽器の魅力をも感じる。

後半は、ピアノ演奏
前半でチェンバロが演奏された事もあって
ダイナミックな演奏に大感激

全体を通じて、この校外学習で感じた事は、
チェンバロの魅力そして弱音へのこだわり
弱音に込められたエネルギーを感じる音楽鑑賞でもありたい。

-----------上田先生の講義録 -----------
音楽サロン「ノワ・アコルデ」にて、久保田彰氏製作のチェンバロとグランドピアノを演奏しました。実物を見ながら、楽器の構造の違いや時代との係わりについてお話し、バロックと古典派の鍵盤楽曲の諸相を鑑賞していただきました。
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チェンバロもピアノも、弦を張った箱に鍵盤を組合わせて作られた楽器で、ルーツを辿れば、一弦琴、チター、ツィンバロン、ダルシマー等に辿りつきます。チェンバロは、鍵盤を押すとジャックが2ミリ程度上がって、その先端に付いた小さな爪が細い弦を弾いて優雅な美しい音を鳴らすシンプルな仕組みで、音量の変化をつけにくい楽器ですが、3つのレジスター、2段鍵盤、リュートストップなど色々な仕組みを使うことにより、繊細、華麗、躍動など多様で豊かな表現が可能となります。優れた楽器ではありましたが、ダイナミックレンジが非常に狭いため、作曲家は沢山の音を用いて、演奏家はテンポに緩急をつけること等によって表現方法を工夫する必要がありました。この機能的な限界を越える努力の過程でピアノが考案され発展したのです。
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【チェンバロ演奏】
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J.S.バッハ(1685-1750)
 ◇平均律クラヴィア曲集第Ⅰ巻より 第1番 プレリュード ハ長調
プレリュード(前奏曲)は、教会にてオルガニストがミサの前に、オルガンの調子をみながら参会者の気持ちを高揚させるべく演奏したものですが、バッハの頃にはフーガの前に置かれた比較的自由なスタイルの楽曲となりました。

L.クープラン(1626-1661) 
 ◇プレリュード(ノン・ムジュレ) イ短調
   全音符のみで書かれリズムは特に指示されず、小節線も無い楽譜のプレリュード。
F.クープラン(1668-1733)
  クープランはルイ14世と15世の時代の音楽家として、人名、風俗、自然、感情といった種類の優雅で象徴的な(しかも裏の意味が秘められた)題名を持つ描写的な作品を多量に書き遺しました。その多くには、後宮に集う人々の赤裸々な生き様が描かれ、Portrait(肖像画)とも云われています。
 ◇第14組曲(14ièm ordre)より 
    「恋するナイチンゲール」・・・・恋する鳥の囀りが模倣されている
    「嘆くホオジロ」
 ◇第6組曲(6ièm ordre)より
    「羽虫」・・・・・・・・・・メーヌ公爵夫人へのジョークも含まれているとか。
  ◇第3組曲(3ièm ordre)より
    「後悔」・・・・・・・・・・コンティ公(ルイ・フランソワ1世)への哀惜か?
 ◇第13組曲(13ièm ordre)より
    「百合の花開く」・・・・・・・・百合はフランス王家の紋章、純潔の象徴。
  ◇第18組曲(18ièm ordre)より
    「ティク・トク・ショク、別名マイヨタン」・・綱渡りで有名だったマイヨ(Maillot)一座が描かれている。
                    曲芸的な作品で、2段鍵盤を駆使して奏する曲で、ピアノでの演奏は不可能。
  ◇第6組曲(6ièm ordre)より
    「神秘の障壁」・・・・・・・・・障壁とは仮面舞踏会の仮面の意?ともされるが真意は不明。
                    リュートの書法が用いられている
J.P.ラモー(1683-1764)
絶対王政から市民の時代への移行が始まった頃、分かり易い、ドラマティックな音楽が求められました。
ラモーはこの時代に沢山のオペラを書き、和声論も著作も残しました。
◇「タンブーラン」・・・・この曲は御存知の方も多かったのでは?
◇「雌鶏」    ・・・・・・2羽の雌鶏(或いはツガイ?)のやりとりが聞こえます
◇「エンハーモニク」 

【ピアノ演奏】 
 L.V.ベートーヴェン(1770-1827)
   ピアノソナタ第8番「悲愴」Op.13 全楽章
タイトルは、ベートーヴェンは作曲後「悲愴」と付けたという解釈が有力視されている。1798年、27歳の時の作品で、若者らしい悩みや、若さゆえの苦悩、からくる「悲愴」なのかもしれない。




☆☆☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆☆☆


◆生まれて初めて見たチェンバロ。形はピアノに似て音はハープに似ている。楽器の構造を詳しく説明頂き感激です。
◆チェンバロの音楽は、自然や動物を表現したものが多いと思うが、その光景を思い浮かべながら聴くと、想像力が豊かになりそう。
◆チェンバロを初めて見て、聴かせて頂きました。柔らかくて聴きやすかったです。ピアノと比べると違いが分かった気がします。
◆チェンバロを初めて聴きました。繊細な音はステキでした。けど、ピアノの方が好きかもと思いました。
◆本物のチェンバロの音は素晴らしい、電子楽器とは違うと思った。
◆繊細な構造から繊細な音が流れ出る、美しい装飾に目を奪われました、耳に残る演奏だった。



☆☆☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答が ☆☆☆☆☆


◆天井の低い部屋でのピアノ演奏では強く弾く曲よりも、弱音の美しい「月光」等の曲が聴きたかった。
Ans.「月光」は、全楽章弾くと「悲愴」以上にダイナミックなのですよ。次回(10/15)に演奏する予定です。

◆チェンバロなど木製の楽器は外気により絶えず調律が必要、鉄枠の現在のピアノと比べて興味深かった。
Ans.現代のピアノのフレームに用いられている金属は鋳物です。鉄製と説明してしまいましたが私の間違いですので訂正させてください。ちなみに弦はスチール(鉄)、或いはブラス(真鍮)です。

◆チェンバロの演奏は物語りの語り部のような情景の想像できる音楽が演奏できるのですね。現代音楽も聞いてみたいものです。
Ans.斬新な響き、際立つリズムが魅力なのでしょう。現代作曲家もチェンバロ作品を書いています。

◆チェンバロの音色すてきですが宗教音のように聞こえるのは私だけでしょうか。
Ans.教会の楽器としての代表格はむしろオルガンの方でしょうね。でもチェンバロも似合うと思います。

◆以前からチェンバロの音色が好きでした。今日は生の演奏が聴け感動でした。モーツァルトの生家で見たあの小さな楽器は、チェンバロだったのでしょうか? あの頃の旅行を思い出しました。
Ans.横長・箱型の楽器ですよね。クラヴィコードだと思います。小型のピアノもあった筈です(私は行ったこと無いのですが・・・)。

◆「ピアノという楽器は、チェンバロと比較して強音(フォルテ)よりも弱音(ピアノ)を奏でることができることに意義がある」という上田先生の説明は、刺激的で示唆に富む指摘であった。
Ans.この説明は私の勝手な思いを込めた解釈にすぎません。学説ではないことを御承知おきください。
歴史を辿るなら・・・クリストフォリの発明とされる「Gravicembalo col piano e forte(弱い音も強い音も出せる大型チェンバロ)」については、1700年頃のメディチ家の収蔵楽器目録にあるだけで、楽器そのものは現存していないそうです。現存する最古のものは、1720年に製作されたもので、試作機も含めると、1700年までにこの楽器そのものは制作されていたと思われます。「ピアノフォルテ」または「フォルテピアノ」という名称は、上記のクリストフォリの楽器「ピアノもフォルテも出せるチェンバロ」に由来するもので、同じくピアノ製作者であったジルバーマンは「フォルテピアノ」と呼んでいたとか。1736年頃には、ジルバーマンが自作のピアノをJ.S.バッハに酷評されたことで、その改良に駆り立てられ、1747年に改良されたピアノをフリードリヒ大王の前でJ.S.バッハに披露し、高い評価を得ています。 現代のピアノは、長い年月と紆余曲折を経て生まれきたのです。


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<18世紀:貴族社会からの脱出始まる②(GP) パパ・ハイドン>
今回のブログ担当は2班です。
夜半からの激しい雨で、先週の台風21号と北海道地震の被害を思い起こされる中、今日は午前・午後共に授業という厳しい一日、重い足を引きずりながら教室に到着しました。ところが、何時と雰囲気の違いを感じました、何なのかなと考えると、上田先生が何時もより早く教室にいらっしゃっていました。又、恒例のオープニングテーマの演奏の準備では何時も控えめで端に座られている我が校歌のリーダーK津さんの席が真ん中にあり、その横に椅子が一つ置いてあったのです。
定刻より早く授業がスタートしました。何時もお元気な上田先生ですが、今日は何時にも増してハイテンションで話されました。更に一口メモに詳しくお返事をいただく上田先生が、一口メモについてコメントされている、何時と違う始まりです。
「人生の扉」の演奏が始まる瞬間Y山さんがカホンという見知らぬ打楽器を持って伴奏に参加されました。来年の2月末にはどれだけの楽器が演奏に参加するのか楽しみです。
講義が始まり、古典派の巨匠(モーツァルト、ハイドン、ベートーベン)の楽曲を上田先生が弾いていたただき、三人の類似点と相違点を判りやすく教えていただきました。演奏が終わった後の先生の満面の笑顔に今日の先生のハイテンションの理由が理解出来ました。先生が一年間の中で一番やられたかった授業に全員満足でした。
休憩をはさんで、パパ・ハイドンについて、音楽家としてはめずらしく幸せな生活を送られた事(ドボルザークとお二人との事)、人間性が作曲に現れた事等を、作曲された104曲の交響曲の中で特徴的な曲で詳しく教わりました。
午後の授業で淀川長治さん監修の世界の名画100選の中から「会議は踊る」を観せていただいた時に感じたのですが、日曜洋画劇場での淀川長治さんの説明で映画の良さが増幅した様に、上田先生のお話しで楽曲の楽しみ方が倍増しているとと思いました。「音楽をたのしむ科」の受講生皆様にご提案ですが、淀川長治さんには「さよなら、さよなら、さよなら」と言う決め台詞がありました、上田先生の決め台詞を考えませんか。

-----------上田先生の講義録---------
✤ 今日の「人生の扉(竹内まりや)」、K津さんのギターにY山さんの打楽器が加わり、ますます楽しくなりました! 今日は「フレーズの入り」ではなく「各々の”人生”を歌いましょう」ということにしました・・・結果、「入り」もピッタリ! 上手く歌えたような気がしました!
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✤ 今日は、前回の18世紀社会背景から一歩踏み込んで音楽構成のお話です。
≪ウィーン古典派≫
 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンはウィーン古典派と呼ばれます。彼らの音楽は基本的にシンプルで、明快なコントラストを感じさせる構築性に特徴があり、その超一流の完成度からクラシック(古典)とされるに至り、結果として”敷居が高い”とされがちなクラシック音楽の元祖になりました。しかしこの3人の音楽家は異なる人生を生きたのであり、その音楽は同じ様式、同じ書法で書かれていても異なる質感を持っています。3人のクラヴィア・ソナタを弾いて、<ソナタ形式>と3人の音楽的個性の違いの解説を試みました。
∮演奏曲目∮
  ハイドン   ソナタ ハ短調 Hoboken ⅩⅥ:20(1771年作1780年出版) 第Ⅰ楽章
         ソナタ ハ長調 Hoboken ⅩⅥ:35(作曲年不明1780年出版) 第Ⅰ楽章
         ソナタ ニ長調 Hoboken ⅩⅥ:37 (作曲年不明1780年以前)第Ⅰ楽章提示部
  モーツァルト ソナタ ハ長調 KV545 第Ⅰ楽章(1788年作)
  ベートーヴェン ソナタ ヘ短調 Op.2-1 (1793~94年作ハイドンに献呈)第Ⅰ楽章
 「ソナタ」の形式は、オペラ序曲にルーツをもつ交響曲などにおいて確立され、古典派器楽曲に於いて発展、二つの対立する主題、その提示と再現、再現前の主題展開を特徴とします。タイトルやテキストが無いので無機的に見られがちですが、主題にオペラ主人公(たとえばウベルトとセルピーナ、或いは若者と哲学者)などを連想して聴くと、音楽が身近になるかと思います。楽しげで爽やかな音楽が愛される一方で革命と動乱の足音も・・・作曲家の個性と移りゆく時代を感じていただければ幸いです。

≪F.J.ハイドン≫
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 神童としてデビューしたモーツァルトとは異なって遅咲きでしたが、地道な努力を重ね、成熟した音楽家として大成しました。30年 に亘ってエステルハージ侯爵家に楽長として仕え、その後ロンドンで大成功するにもかかわらず、再びエステルハージ家に戻った、律儀な人。その功績と温厚でユーモア溢れる人柄から”パパ・ハイドン”と呼ばれています。交響曲、弦楽四重奏曲、ソナタ形式を確立し”交響曲の父””ソナタ形式の父”とも呼ばれます。彼の104曲にも及ぶ交響曲から下記作品を聴きながら、慈愛に満ちたハイドンの人柄がしのばれるエピソードを紹介しました。
∮鑑賞CD∮
  ハイドン 交響曲 第104番 ニ長調 「ロンドン」Hob.l:104 (1795) 第Ⅰ楽章
       交響曲 第6番 ニ長調 「朝」Hob.l:6 (1761) 第Ⅰ楽章
交響曲 第7番 ハ長調 「昼」Hob.l:7 (1761) 第Ⅱ楽章
交響曲 第8番 ト長調 「夕」Hob.l:8 (1761) 第Ⅳ楽章「嵐」
       交響曲 第60番 ハ長調 「うかつ者」Hob.l:60 (1774) 第Ⅳ楽章
       交響曲 第45番 嬰へ短調「告別」Hob.l:45 (1772) 第Ⅳ楽章
       交響曲 第94番 ト長調 「驚愕」Hob.l:94 (1791) 第Ⅱ楽章
本日の〆は再びモーツァルト、私の大好きな「交響曲第40番ト短調 KV550」を聴きました。 
      

<音楽は踊りと共に②(GP) 近代の舞踏:ウィンナーワルツ>
午後は全く違った上田先生に接っしられました。
クラスの始めの自己紹介で仰っておられたように踊られる先生は少女の様です。
音楽でも踊りでも形があるから楽なんですよ。仰ると通りです。頭では理解出来るのですが、体がついていきません。ロボットの様に四角い空間をくるくる回るのが精一杯です、年のせい(単なる運動オンチ?)。
でもすごい、最後には皆笑顔になっていました。音楽も素晴らしいし、踊りも良いですね。
でも、圧巻はスカートで踊られる上田先生です。
「毎年同じ授業をしているのではなく、チャレンジしているのよ」上田先生のお言葉を実感した一日でした。
これぞ『上田啓子ワールド』
授業の始まりより、授業の終了後の方が先生が若く見えたのは私だけではないと思います。
きっと、5年後、10年後の上田先生は今よりはっらっとされていると思います。

「音楽をたのしむ科」を受講された事のない方、楽器を扱いの有無は全く関係ありません。この楽しさを是非経験して下さい。
来年度の募集申込書に「46 音楽をたのしむ科」と書くだけです。お待ちしています。

-----------上田先生の講義録---------
今日は「音楽は踊りとともに①」の際に時間不足で御覧頂けなかった武原はん(1903~1998)の上方舞「雪」の鑑賞で始めました。
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西洋舞踏の「動」とは真逆、「静」の舞ですが、動きの少ない所作を支える為には芯の強さが不可欠であることを観ていただけたでしょうか。
 続いて戦前の名映画「Der Kongreß tanzt会議は踊る
(監督:エリック・シャレル、音楽:ハイマン、グローテ)」の一部を鑑賞、19世紀初頭のウィーンっ子気質がうかがえるJ.シュトラウスのワルツ、ポルカを聴きました。
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∮鑑賞CD∮ ヨハン・シュトラウス2世  
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    ワルツ「ウィーンの森の物語Op.325」「美しく青きドナウOp.314」
「春の声Op.410」「宝のワルツOp.418」
ポルカ「トリッチ・トラッチ・ポルカOp.214」
19世紀初期約30年間の、身近で日常的な物事に目を向けて生まれた市民文化は総称としてビーダーマイヤーと呼ばれます。
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小市民的と揶揄する蔑視表現とも言えますが、王政復古の後、市民化への夢破れて自由の利かない閉塞的な社会のさなか、理想実現追求を諦めて日常的で簡素なものに目を向けた風潮を意味しているのでしょう。
 世の変遷と共に舞踏の世界にも変化が生じ、フランス革命以降 “宮廷舞踏”は、貴族とブルジョワなど一部特権階級による“社交舞踏”に変容します。典雅なメヌエットに代わって、地方色豊かレントラー、マズルカやポロネーズ、軽快なポルカ等が踊られるようになり、19世紀には男女が身体を合わせて踊る官能的な輪舞・ワルツが全ヨーロッパを席巻、その波は庶民にまで広がってゆきました。
19世紀初頭のオーストリア、メッテルニヒ体制下のウィーンでは革命的な行動や思想を防ぐべく検閲制度が設けられ、厳しい言論統制のもとで秘密警察の目が光っていました。鬱積した不満の捌け口、所謂“ガス抜き”の狙いがあったのでしょう。メッテルニヒは「劇場やダンスホールほど無害なものはない」として沢山のダンスホールを建設、ワルツへの熱狂は1814年のウィーン会議で最高潮に達します。 
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メッテルニヒは莫大な国費を投じて毎夜豪華な舞踏会や晩餐会を催し、会議に集まった列国高官を接待漬けにし、その陰で重要問題決定を図りました。実のところ会議はろくに開かれず、こうした事情は「会議は踊る されど進まず」という言葉、戦前の名映画「Der Kongreß tanzt会議は踊る」に描き出されています。「政治家達が踊りに行ってしまって空っぽの椅子が揺れている場面」は象徴的ですが、なんとなく微笑ましいような気もしますね。


【みんなでワルツ!】
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 授業後半は、「美しく青きドナウ」のワルツ(P:横井鈴香氏)にのって全員でワルツにチャレンジ。ステップ解説は、私が男性役で横井先生と踊りましたのでピアノはU田かつみさんにお願いしました。それから男女ペアで踊ってみましたが・・・ボックスを描くだけのシンプルなステップに限定しても、カップルダンスは簡単ではなかったかも。「一人でも大変やのに二人でやったらもっと大変やあ!」 「音楽に合わすどころやないで~」など聞こえてきそうでしたが・・・でも皆さん本当に一生懸命に踊ってくださいましたね! そして結構楽しそうに! 
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 「互いに息を合わせて(=心を通わせて)動く」のは難しいことではありますが、合ってくると最高に楽しく、それがダンスの醍醐味です。そして何より、ワルツのリズムは実際に踊ってみて初めて身体が理解するものなのです。
 最後に、スイングダンスとしてのワルツを見ていただきたく、1小節1拍どりのワルツのテンポを感じ取っていただきたく、キュロットの上にスカートを着けてスカーフを相手役に見立ててウィンナーワルツの一節を踊りました。
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 ダンスは外見よりハードなスポーツですが、身体と感性の柔軟さを身に付けさせてくれます。みなさまどうか今後もチャレンジしてください! 
 

9月24日 上田先生もご出演される演奏会のご案内です。
是非ご鑑賞ください。

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プログラム
・・・・・ 第Ⅰ部 F.クープラン(1668-1733)の世界・・・・・
第10組曲 二長調
  横井 鈴香  No.1 凱旋(戦の喧騒/戦勝者の歓喜/ファンファーレ)
  上田 啓子  No.2 メザンジェール No.3 ガブリエル  No.4 ノワンテール
  細田 三香子 No.5 溌剌 No.6 アマゾン No.7 バガテル
第24組曲 イ短調
  砂野 有紀 No.1 年老いた殿様たち、荘重なサラバンド No.2 若殿様たち、元は伊達男
No.3 人の心を射止める矢
  田村 幸造 No.4 花飾り No.5 がらくた
吾妻 優子 No.6 すてきな犬、または戯れの恋 No.7 美しいジャヴォット、かつての王女
No.8 両性の小妖精
第25組曲 変ホ長調、ハ長調
河野 まり子 No.1 妄想 No.2 神秘 No.3 モンフランベール夫人
樋口 博 No.4 勝ち誇るミューズ No.5 さまよう亡霊たち

・・・・・ 第Ⅱ部 ・・・・・
樋口 博   J.スヴェーリンク作曲  トッカータ イ短調 SwWV 298  
                       戦いの神 マルス SwWV 321
吾妻 優子  作者不詳  フィッツ・ウリィアム・ヴァージナルブックより 「バラフォスタスの夢」
         F.クープラン作曲  クラヴサン奏法より  プレリュード3.4.5.6番
田村 幸造(ソプラノ:北井春花)
      F.クープラン作曲   王の命令により作曲されたモテットの4つのヴァーセットより
              「第2曲:あなたの言葉は火で激しく焼かれたもの」「第3曲:私は若く、侮られています」
河野 まり子  J. S.バッハ作曲   フランス序曲より 序曲とエコー

・・・・・ 第Ⅲ部 ・・・・・
横井 鈴香   C.P.Eバッハ作曲  スペインのフォリアによる12の変奏曲 ニ短調 Wq. 118-9
砂野 有紀   D.チマローザ作曲  32のチェンバロソナタ集より 第29番ハ短調、第31番ト長調、第23番イ短調、第24番ハ長調
上田 啓子   A.ソレル作曲     ファンダンゴ 二短調 R146
細田 三香子 J. S.バッハ作曲    ゴールドベルグ変奏曲 BWV988より アリアと変奏7~9

Profile
樋口  博 クレセント室内アンサンブル主宰、チェンバロ、フルート奏者
吾妻  優子 大阪芸術大学演奏学科ピアノ専攻卒業、同大学院修了
___ ブリュージュ国際古楽コンクールチェンバロ部門セミファイナル進出
田村  幸造 京都市立芸術大学大学院音楽研究科修了
横井  鈴香 大阪芸術大学演奏学科ピアノ専攻卒業 大阪国際コンクール入選
砂野  有紀 大阪芸術大学演奏学科ピアノ専攻卒業
上田  啓子 大阪音楽大学大学院楽理研究室修了、元同大学非常勤講師
細田  三香子 大阪芸術大学演奏学科ピアノ専攻卒業
(指導)
河野 まり子 大阪音楽大学器楽学科ピアノ専攻卒業
____ フライブルグ音楽大学チェンバロ専攻卒業
____ 大阪芸術大学、エリザベト音楽大学で教鞭をとり、チェンバロアカデミー主宰


====== パパ・ハイドン ======


☆☆☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆☆☆


◆ハイドンをよく知らなかったが、これから聴きたいと思います。
◆標題がない曲にドラマを感じたり自分で題をつけるということを学び、堅苦しい○○交響曲やソナタなどをこれから聴いたりすることがとても楽しみになりました。
◆3人の作曲家のピアノ演奏の聴き比べ。上田先生の演奏は、3人の作曲家の個性の違いが見事に表現されていて素晴らしかったです。
◆ソナタ形式は物語があり楽しい時間でした、先生のユーモアにあふれたお話を興味深く聴きました。
◆これからピアノソナタを聴くときはソナタ形式を意識して聴くようにします。作曲者の意図が多少理解できるかも。


☆☆ 上田先生から丁寧な回答を頂いてます。☆☆

◆ハイドンの交響曲(本日の最初のCD・第104番)は、ヴィバルディ(弦楽器曲)とベートーベン(交響曲)を足して二で割った音楽のように聴こえた。
Ans.ハイドン交響曲104番は1795年、ベートーヴェンの第1交響曲は1800年。ハイドンとベートーヴェンの影響関係はハイドンが源と捉えるべきです。でも両者には類似点が多くありますし、ヴィヴァルディ風の自然描写がハイドンの音楽にも沢山認めらるのでそのように感じられたのでしょうね。

◆録音された音がとてもよかった。
Ans.今日のCDは、十数年前、大阪音大図書館にあったLPからCDに編集したものです。

◆クラッシックの偉大な作曲家に女性がいないのは、どうしてでしょう?
Ans.残念なことですが、働く女性が増えた21世紀の今でさえ女性差別は未だ完全に無くなったとは言えません。中世のヒルデガルド・フォン・ビンゲンは非常に特殊な例で、特に女声、女体が必要とされない作曲という行為に女性が手を染めること自体稀だったのです。19世紀に入ってさえ、女性の才能が花開いた例は少なく、クララ・シューマンでさえ夫への配慮から作曲活動は自粛したと思われます。

◆形式(美)は時代(人の心)と共に変化する、変化しない形式(美)は生き残りが困難か?一例として歌舞伎は少しずつ変化し生き残り、文楽や能は変化に合わせられず苦戦しているようだ。
Ans. “形式”なるものも、長い時間の中で変容を遂げてゆくのが自然でしょう。音楽や舞踏だけでなく“形”は柔軟性を秘めている必要があるように思います。でなければ人の心に添えないと。

◆ソナタという形式は鳥の囀りからヒントを得たのだろうか。
Ans. 鳥の囀りは人々の暮らしを色どっていたのでしょう。ソナタは器楽曲という意味、ソナタ形式はオペラの序曲が始まりと言われています。鳥の囀りは、その声の美しさ、楽しさからと思われますが、バロック時代から音楽に多く現れます。形式との関連はとくにないと思いますが。

◆交響曲の各楽章に問題があり、全体の世界観ってあるのでしょうか。
Ans.交響曲の多くは4楽章(3楽章のもありますし、2楽章も存在します)、そこには“問題?”があるのではなく、“関連”があります。作品全体に起承転結の流れとドラマティックな展開を作るために、一般的には、力強く曲調を示す第1楽章、一転して穏やかな第2楽章、軽快な舞曲の第3楽章、フィナーレとして第4楽章、という構成が一般的で、それを一つの世界観ということも可能でしょう。

◆いい曲だと思って聴いてから作曲者がハイドンだと知る。初めからショパンの曲だと思って聴く、この違いが私にはあるように思えます。
Ans.ショパンの音楽は誰が聴いてもショパンと分かる特徴的な書法をもっています。ハイドン生きた時代は次のロマン派のように自分の個性を強く打ち出す時代ではなかったので、書法的な判別は難しいと言えます。なので貴方の感じられたことは自然だと思います。

◆ベートーベンの曲は、高齢者にはしげきがきつすぎて心臓に悪いかも?でもエリーゼのためには、甘くて
 好きです。
Ans. ベートーベンの曲は私のような小さな手にもキツイです! 彼の曲については激しい主張のみが強調されがちですが、デリケートな楽章やパッセージも沢山あります。「エリーゼの為に」もその一つですね。 


======近代の舞踏:ウインナーワルツ======


☆☆☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆☆☆

◆久しぶりにダンスを踊った気がする、それにしても竹原さんの“雪”はすごい。
◆ダンスは楽しい。相手に合わせるのは難しい。
◆ワルツに魅了されます。これが踊れたらなおさらと思います。
◆ダンスは苦手…と思っていました。でも先生のおかげで踊れました。楽しかったです。
◆ワルツのステップに悪戦苦闘しましたが、慣れるにつれてダンスの楽しさが分かってきました。

☆☆ 上田先生から丁寧な回答&コメントを頂いてます。☆☆

◆映像の場面ではあまり先生の解説は多くしないで必要最小限に、我々生徒がじゅっくり考えます。
Ans.映画お好きなのですね。解説で遮られたくないお気持ちは映画ファンとしてよく分かります。本来なら御一緒にずっと観ていたいですが・・・。残念ながら私が行っているのは講義であって映画観賞会ではないのです。講義内容を御理解いただくために、映像の一部を御紹介しているにすぎませんので、映しているのは映画のごく一部です。しかも必要箇所へ飛ばしてゆきますので、解説を加えなければ何のことか御理解いただけない方がおられるかもしれません。内容を熟知されている方には煩いかもしれませんが、はじめて経験される方は解説が無ければ脈絡をつかむ糸口さえ捉えられないかもしれません。クラスにはさまざまな方がおられることを御理解ください。

◆ウィンナワルツ、特にJ・シュトラウスは、ヨーロッパで新年の演奏会の定番になっているのは何故でしょうか?また、新年以外には、あまり演奏されない?
Ans.御指摘はウィーンフィルのニューイヤーコンサートのことですね。ウィーンフィルの前身は、17世紀に創設された、ウィーン宮廷歌劇場(のちの国立歌劇場)管弦楽団で、1841年、その一部をコンサートオーケストラに編成し演奏会開催を始め、1873年、「ワルツ王」ヨハン二世を指揮者に迎えます。“民衆の娯楽”であったシュトラウスの音楽が「宮廷」お抱えの歌劇場のレパートリーとなるには抵抗感があったのか、長い年月が必要だったようですが、1920年代ようやく定着し始めたとか。1941年元旦のコンサートでは、シュトラウスファミリーのワルツ・ポルカはウィーンフィルの重要なレパートリーとして定着、定番曲や今日のコンサートスタイルの原型も、ほぼ確立したそうです。それだけシュトラウス親子の楽しい舞踏音楽は誰にでも愛されたということでしょうね。とにかく、世のもろもろの憂いを吹き飛ばしてくれるような楽しさ、躍動があります。定番曲としては、「美しく青きドナウ」(ヨハン二世)。「ラデッキー行進曲」(ヨハン一世)がアンコールで奏されます。
新年以外には演奏されない? 私の在欧経験が少なすぎるので確証出来ないけれど、そんなこと考えられない! 少なくとも、ウィンナワルツは新年に限らず踊られていますから。


Comment. 「みんなでワルツ」  先ずは、お疲れ様でした!ダンス経験者もおられ、思いのほか(なんて言ったら「失礼な」と叱られそうですね)楽しく踊っておられ嬉しかったです。「ステップを覚えられるだろうか?」「リズム感無いのに、どうしよう」など不安をお持ちのかたもおられたかもしれませんが・・・
カップルダンスで最も大切なことは、体力でも運動能力でもリズム感でもなく、もちろんステップ習得能力(記憶力)でもない、敢えて挙げるならコミュニケーション能力(言葉ではなく身体でのコミュニケーションです)、そして最も大切なのは相手との信頼・・・と私は思います。
相手を信じて委ねる為には自分を信じる力と覚悟がいる・・・なあんて、約20年踊ってきたあげく、私も色んな事を考えるようになったのです。今日はその一端をみなさまにも体験していただきたく結構テンション上げて、妥協無く指導させていただきました。
これを機にダンスにもトライしていただける方が増えることを期待しております。  上田啓子





今回のブログ担当は1班です。
今年の夏は異常な暑さが続きましたが、
皆さん元気に二学期の初日を迎えました。
一か月のブランクをものともせず、
恒例の「人生の扉」合唱は、
先生のピアノ、高津さんのギター伴奏と共に
益々快調です。
今日の講義のメインは、「MOZART」の映画鑑賞。
有名な映画「アマデウス」でのモーツァルトは、
軽薄で生意気という印象を強く持ったものですが、
「MOZART」は、限りない才能を持って生まれた子と
父親との葛藤がきめ細やかに描かれていて、
凄い天才なんだと思いを新たにしました。
540分という長編なので、ほんの一部だけでしたが、
モーツァルトの印象が大きく変わりました。
先生からyoutubeで見れるとのご紹介があったので、
早速見ました。字幕版以外に日本語吹き替え版もありました。
時間がある時にゆっくり鑑賞したいと思います。

--------上田先生の講義録-------
長かった酷暑を越え、久しぶりの授業、今日も「人生の扉(竹内まりや)」から始めました。もちろん高津さんのギター付きです! ブランクにもかかわらずフレーズの”入り”が全てハマり、私は心地よくピアノ伴奏を弾けました! 思わず拍手!
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講義は今日から本格的にウィーン古典派に入ります。
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18世紀、新興市民層(庶民にあらず)は何より“分り易さ”を求めますが、世紀後半の芸術は、なぜか古典主義と呼ばれるようになります。音楽ではバッハの息子達と、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン初期の作品までがその対象とされ、ハイドン以下3人の音楽家はウィーン古典派と呼ばれます。明瞭な旋律、バランスのとれた構成、書法の洗練に特徴がある彼らの音楽は、その超一流の完成度からクラシック(古典)と呼ばれるようになるのです。しかし、教会や貴族の雇用人の身分から創造者へ、すなわち職人artizanから芸術家artistへと、個性の表出を強める彼らの心には、時代の要求との間に大きな葛藤が生じるのでした。近代に目覚めた作曲家の内なる相克、葛藤を感じていただきたく。今日はモーツァルトに焦点を絞りました。 
∮ピアノ演奏 Mozart:Fantasie c-moll  K.475 (1785年作)
 前回演奏した「キラキラ星変奏曲」と全く趣を異にした、ドラマティックで内面的な幻想曲、地を這うような重い主題で始まる曲です。一般的モーツァルト像とは異なる雰囲気の作品を聴いていただきたく演奏しました。
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∮CD鑑賞 Mozart:Requiem K.626 
  作品をBGMに、通説とは異なるレクィエム創作発表秘話をお話しし、続いて18世紀世界史を復習。 
  ダヴィッドの絵画などを観ながら、18世紀ヨーロッパの美意識考察を試みました。
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後半は映画「モーツァルト」を抜粋にて鑑賞、神童と呼ばれた天才モーツァルトの、必ずしも幸せとは言えなかったであろう少年時代を追いました。
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∮DVD鑑賞 Mozart (LDよりダビングしたもので市販DVDは無い)
 有名な映画「アマデウス」(シェファー:1984年)は、それまで一般的だったアポロン的な偶像モーツァルトのイメージを完膚なきまでに打ち壊し、生身の人間モーツァルトに迫ろうとするものでしたが、これに先だって、1978年、フランスのテレビ界をリードしていたマルセル・ブリュヴァルが長編テレビ映画「Mozart」を構想し、長期に及ぶハンガリー・ロケを経て1982年、映画を完成させます。シェファー「アマデウス」では、ウィーン時代のモーツァルトとサリエリの確執を中心に、天才に対する羨望・嫉妬が強く描かれますが、ブリュヴァル「Mozart」では、幼子モーツァルト、少年モーツァルトから始まって父レオポルドとの愛と亀裂が克明に描かれ、作曲家35年の生涯が、音楽と共に、丹念に綴られます。今日は、全8時間の大作「Mozart」から「神童とその父」「亀裂」の抜粋を鑑賞しました。幼く可愛いモーツァルトが成長してゆく様、J.S.バッハの末子J.C.バッハの膝に抱かれたモーツァルト、英国少年リンリーとの出会いと別れ、・・・鑑賞出来たのは大作のごく一部で、J.S.バッハへの心酔、ハイドンとの対話、、理解されない作曲家の心の傷、にまで触れる時間が足りず残念でしたが・・・純真無垢なモーツァルト像を皆さんの心に刻んでいただけたのではないでしょうか。


9月24日 上田先生もご出演される演奏会のご案内です。
是非ご鑑賞ください

9月24日演奏会縮小x


----------午後からのクラスミーティング-----------
社会への参加活動
修学旅行行き先
ノアアコルデ(6/18地震による休校の代講)の件
コウダイフェスタ大合唱団について
等について話し合いがありました。


☆☆☆☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆☆☆☆

◆久しぶりの授業で元気そうな顔を見られて良かったです。「人生の扉」も久しぶりに歌えて楽しかったです。モーツァルトの少年時の苦労大変だったんですね。天才でも!
◆先生の声のトーンと話し方に癒されます。今日出席して良かったです。
◆映画「アマデウス」の印象が強すぎました。今日上田先生から見せて頂いたDVDの方がより
モーツァルトの実像に近いと思いました。
◆天才ゆえの苦悩、少しわかった気がした。凡人の私にも少し。
◆映画をみてこんな幼少時から演奏も作曲も出来るなんて、才能は生れつき持っている人がいるのですね。
◆モーツァルトの人生を少し知り、曲を聞く時の感動がまたかわるのではとワクワクしました。
◆モーツァルトの人となりがわかり、あの美しい曲の中にも苦悩があったのかとしみじみしました。


☆☆☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答が ☆☆☆☆☆ 

◆音楽が一般に広がる歴史の起点がハ短調幻想曲なのか。
Ans.モーツァルトの「幻想曲 ハ短調」は確かに名曲で、だから演奏したのですが、この作品が歴史の転換点と言う訳ではないように私は思います。当時の世間一般が求めていたのはむしろ「キラキラ星変奏曲」に代表されるような明るく楽しく分かりやすい音楽であり、その流れに逆らってでも内面的表出を試みたモーツァルトの主張・・・と私は感じています。でも、続く19世紀ロマン派の豊かな心情表現を先取りしたという捉え方も可能かもしれず、だとすれば次世代の幕開けと捉えられるかもしれませんね。

◆モーツァルトは当時の楽器で聞くべきだと思いました、ベートーヴェンとモーツァルトを同じピアノで比べてはいけない。
Ans.御希望は十分納得いたしますが、高大の教室でモーツァルト当時のピアノを演奏することは実質不可能であることを御理解いただきたく思います。バッハの作品はオルガンもしくはチェンバロで、ベートーヴェンの作品はベートーヴェン時代のピアノ(現代のピアノとは異なります)で演奏するのが適切であることは確かです。ドビュッシーのピアノ曲も20世紀初頭のフランスのピアノで弾くと自然に響きます。でもその実現には莫大な予算が必要になるでしょうね。

◆作曲家(モーツァルト)の人生を知って聴く音楽。今まで何となく音がきれいとかだけで聴いていて失礼だと思った。しかし、彼は幸せだった?
Ans.世間一般的な意味で”幸せ”だったかどうか、は疑問ですが・・・持てる能力を発揮して生ききったのですから、十二分に充実したと言う意味で、短命であっても”幸せ”と言えるかも。
 でも、近代のアーティストで”幸せ”な人生を全う出来た人は少ないそうです。

◆モーツァルトは、どんな環境におかれても偉大な作曲家になったほどの天賦の才能に恵まれていたのか? それとも才能以外の要素、すなわち努力、精神力、教育、家庭環境、幸運等の要素がどれだけ影響があったのか、今日のDVDの全編を見て確認したくなった。
Ans.今日紹介しました映画「MOZART」、「アマデウス」よりは実像に近いと思いますが、あくまで映画なので、モーツァルトの努力の様相の全てが描かれている筈はなく、彼の内面は自筆の手紙問等の文献資料から知る他ないように思われます。でも如何なる場合でも成功の裏には沢山の要素が存在する筈で、努力はその最大の要素です。「天才とは努力出来る人」という説もあります。私はそれを正しいと思いますし、モーツァルトもそれに該当すると思っています。上田

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