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今日のプログ担当は2班です。
今日はピアノの出光世利子先生をお招きしてのピアノ曲の日です。
テーマ曲「人生の扉」はピアノ出光先生に加えて、K津さん、Y山さん、U村さんのフルメンバーの伴奏。
上田先生は指揮兼コーラス指導でこれまでで一番元気よく歌えました。
今日はロマン派の4巨匠(ショパン、シューマン、リスト、ブラームス)の講義。
でも午前中の授業が終わった時、ここは高大ではなくコンサート会場じゃないかと感じる位でした。
2時間があっと言う間に終わった時に自然とアンコールと言いかけました。
まず、上田先生がショパンのノクターンを2曲、プレリュードを3曲しっとりと聞かせていただきました。
その後、出光先生に代わられ
ショパンのマズルカ2曲、ワルツ2曲、バラード1曲。
シューマンの幻想小曲集から2曲。
リストの愛の夢。
ブラームスのラプソディ1曲、インテルメッツォ1曲。
何と何と15曲、しかも時には情感豊かに壮大な風景を思い浮かべる曲もあり。
贅沢な時間を堪能させていただきました。
これからのゲスト講義が楽しみです。

-----------上田先生の講義録
✤ 先ずは「人生の扉」、ピアノ伴奏は出光先生にお願いし、K津さんのギター、Y山さんのカホン、U村さんの笛と共に、私は初めて”歌”に参加しました! パワフルなピアノに乗って、今日は一段と張り切って力強く歌えたよう思います。
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❡ 19世紀、ピアノは新興市民層に拡がりを見せ、楽器そのものもダイナミックに発展します。1810年前後に生まれた、F.メンデルスゾーン、F.ショパン、R.シューマン、F.リスト、そして次の世代のJ.ブラームス等によって、ピアノ音楽は “ロマン派の華”となったのです。今日は、大阪音楽大学卒業後ピアノ伴奏で活躍されている出光世利子先生をお招きし、19世紀ロマン派の心に沁みるピアノ曲を演奏していただきました。来年2月に御出産を控えておられるので私も加わりましたが、心配など吹きとばすような素晴らしい演奏!、「母は強し」を実感して私も聴き入っておりました。

第Ⅰ部
 ∮ 演奏曲目
 F.ショパン (1810-1849)
ロマン派の華:ピアノ出光上田-002縮小
ノクターンNo.2 変ホ長調 Op.9-2(1830-32) ・・・・・・・・・上田
ノクターンNo.20 嬰ハ短調 遺作(1830-31) ・・・・・・・・・上田
プレリュードOp28-4, 6,15 (1838-39)・・・・・・・・・・・・上田
マズルカ No.5 変ロ長調Op.7-1(1830-32)・・・・・・・・・・出光
マズルカ No.13 イ短調Op.17-4(1832-33) ・・・・・・・・・・出光
ワルツ No.6(俗称「子犬のワルツ」)Op.64-1 (1846-47) ・・・出光
ワルツ No.7 Op.64-2(1846-47) ・・・・・・・・・・・・・・出光
バラードNo.1 ト短調Op.23(1835) ・・・・・・・・・・・・・出光

第Ⅱ部
 ∮ 演奏曲目
 R.シューマン (1810-1856)
ロマン派の華:ピアノ出光上田-003縮小
幻想小曲集 Op.12-2,3 「飛翔」「なぜに」(1837) ・・・・・・・出光

F.リスト (1811-1886)
ロマン派の華:ピアノ出光上田-004縮小
愛の夢 (1845編曲、1850出版S.541/R.211-3) ・・・・・・・・出光

J.ブラームス (1833-1897)
ロマン派の華:ピアノ出光上田-005縮小
狂詩曲 ト短調Op.79-2(1879) ・・・・・・・・・・・・・・・・出光
間奏曲 Op.118-2イ長調2(1893) ・・・・・・・・・・・・・・出光


ロマン派の華:ピアノ出光上田-001縮小


<午後のコーラス練習>
まず、30分かけて細かく発生練習。
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その後、野間先生と小野先生によるコーラス指導。
合唱曲5曲の内、今日は2曲(明日がある、若者たち)。
「明日がある」は前回に続て2回目で、
ご指導いただいた様に楽譜に忠実に歌うのだけではなく、状況を思い浮かべて歌うと楽しくなってきました。
「若者たち」では細かく口の開け方、声の出し方等々でこんなに揃ってハモれるとは驚きました。
少しづづではありますが、一体感が出てきたと思います。
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☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答が ☆☆☆

◆素晴らしいピアノ演奏に聞き惚れました、同時に先生の胎内の胎児の気持ちを心配?喜び?
Ans. 出光先生の演奏は母としての成熟、そして覚悟さえ感じられ、素晴らしかったですね!大丈夫! きっと最高の胎教になっています。

◆マズルカを聴いて思った、民族に言語の違いがあるように音楽もあると考えてみた、この二つの関係を勉強したい。
Ans.民族固有の音言語、たしかにあると思います。明瞭で分かり易い音階やリズムの違いもありますが、根本的に異文化圏の私達には分らないような側面もあるようです。たとえば、ベートーヴェンの音楽は明らかにドイツ語圏のものですが、モーツァルトの作品は時にイタリア語だったりするそうです。テキストの有無にかかわらずです。連なって書かれた音符の中にイントネーションの違いが認められるのかもしれないし、旋律そのもののメンタリティかもしれません。奥が深い世界です。どうか存分にトライしてください。

◆昔見た映画で「わが恋は終わりぬ」は確かリストの物語でピアノ演奏の場面がふんだんに有って印象的でした。
Ans.『Song Without Endわが恋は終りぬ』、フランツ・リストを描いた1960年の伝記映画なのですね。私は見ていないのですが、リストを筆頭に華麗な演奏シーンが想像されます。

◆心の中に音に共鳴する作為があるとすれば、すべての部分で共鳴し、聴き終わった後すっきりした気持ちになった。
Ans.素晴らしい表現の賛辞、ありがとうございます! 出光先生に伝えておきます! 

◆プロジェクターの説明文で 空虚な5度と書いてありましたが減5度のことですか?
Ans. “空虚な5度”は減5度のことではなく、3度音を欠いた5度の響きを指します。たとえば、ドミソを一度に鳴らすと、満ち足りた響きが聞こえますが、まんなかのミを省いてドとソだけ鳴らすと空っぽに感じます。それで5度のみの響きは“空虚5度”と呼ばれるようになりました。

◆大好きなショパンの曲が聴けてそれもプロのピアニストの方の演奏も聴け素晴らしい一日でした。先生、「雨だれ」は3番目ですよね?
Ans.一般的に「雨だれの前奏曲」とされるのは12番ですが、ジョルジュ・サンドは6番を「雨だれ」と呼んだとか。そして4番も重い8分音符連打が暗い僧院でも雨音を偲ばせます。いずれにせよ“雨音は天から落ちる涙の調べ”としてショパンの悲痛な心の内を描き尽してゆきます。

◆バロック、古典と音楽を聴き、それぞれの時代の音楽は楽しく好きです。でもロマン派の音楽はやはりピアノにとって一番だと思います。その時代から少しずつ音楽は乱れているように感じています。
Ans.たしかに、文句なく美しさを感じさせてくれるのは今日演奏した初期ロマン派までかもしれませんね。19世紀後半以降、音楽のみならず芸術表現は刺激性を増してゆきます。でもそれは音楽の乱れというより人の世の価値感の乱れなのではないでしょうか。
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今回のブログ担当は1班です。
恒例の「人生の扉」合唱は、先生のピアノ以外に、生徒のギター、管楽器、打楽器の伴奏がついて、益々賑やかに楽しく授業が始まりました。
今回講義の主役はシューベルト。
ベートーベンより27年も後に生まれたのに、亡くなったのはベートーベンの死の1年後。31歳の若さです。
「野ばら」、「アベマリア」、「セレナーデ」、「ます」などの美しい旋律を、初めて学校で習った時の、陶酔するような、震えるような感覚があったことを覚えています。まだ幼い感受性で、表現する言葉も知らない私にとって、音楽の授業は幸せな時間だったなと今ならわかります。

-----------上田先生の講義録
✤「人生の扉」、Kさんのギター、Yさんの打楽器、さらにUさんの笛が加わって活気が増し、歌声も力強くなりました。これからも毎週、なにより素敵な歌詞を伝えることを目標に、歌いたいですね。
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【✍はじめに】
 シューベルトの最大の魅力は “歌曲”にあります。でもそれは「来月のゲストの歌をお楽しみに」ということにして、今日は室内楽とピアノ演奏にて、早世した作曲家シューベルトの音楽を紹介しました。
 先ずはダイナミックなベートーヴェンの作品と真逆の雰囲気を感じていただきたくピアノ曲を紹介しました。
 ∮演奏曲目∮  『楽興の時』D780 (1823~28年作)  第1番(第2部分の初めまで)、第3番
              後者はかつてNHKラジオ「音楽の泉」の主題曲として親しまれた可愛らしい曲です。
≪ ベートーヴェン ≫
 次に先週お話出来なかった後期ベートーヴェン像について。
 ベートーヴェンの創作の根底に流れるのは(人生の)葛藤と(それを乗り越える)解決、それは楽音と音楽構造のみで表現し尽くされます。晩年、彼の作品は楽音の美や劇的葛藤を超越、ひたすら内に向い、極度の主観性と類まれな壮大さの中で<崇高>と呼ばれる域に達し、それはとりわけ後期ピアノソナタ等に具現されます。でも最後まで戦い続けたベートーヴェンの姿勢も忘れてはならないと思い、晩年のベートーヴェンの言葉「群衆を離れて毅然と立つ人間の道徳は“強さ”であり、これが私の道徳だ」という言葉を拠所に、第九交響曲を(各楽章冒頭だけですが)聴きました。
∮鑑賞CD∮ 
 Beethoven 交響曲 第9番 Op.125(1824年作)第Ⅰ章~第Ⅴ章  各冒頭のみ
  小澤征爾指揮、ニューフィラデルフィア交響楽団
≪ シューベルト ≫
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F.シューベルト(1797-1828)は、終生ベートーヴェンを尊敬、葬儀では棺を担ぎ、その翌年31歳の若さでこの世を去りました。同じ風土を生きましたが、その音楽はまったく異なる質感を漂わせています。シューベルトの音楽はなによりも“歌”、人恋しさゆえに書かれた“友と分かち合う”音楽”で、短い生涯に書いたとは信じられないほど多量の作品が遺されましたが、生前出版に至ったのは一部にすぎなかったのです。シューベルトは、行事や商いと係わらない“自発的作曲”を行った最初の作曲家であったと言えるかもしれません。
人生に多くを求めず、純粋に”音楽”を愛し、作曲のみを追求して早逝したシューベルトの生涯を追いました。彼の生い立ちと人生、彼を囲む集い≪シューベルティアーデ≫についてお話しながら、彼の室内楽を聞きました。
シューベルティアーデ

∮鑑賞CD∮ 
   ピアノ五三重奏曲イ長調「鱒」D.667 Op.114(1819年、22歳の作) 歌曲「鱒」の変奏曲を依頼され作曲
ピアノ三重奏曲 変ロ長調 D.898(1827~28年 晩年の作)
ベートーヴェンは事実上貴族社会の養子であったとも言えますが、シューベルトは職もないまま友人達に支えられて作曲を続け、高い評価を受ける前に、短い人生を終えた人です。ベートーヴェンとシューベルト、用いている音楽語法に大差はなくとも、両者を見間違うことはあり得ないでしょう。シューベルトは明らかにロマン派のさきがけとして、初々しいロマンティシズムを音楽の詩に開花させたのです。
最後に、最晩年(といっても31歳なのですが)に書かれた珠玉のピアノ曲を弾きました。
∮演奏曲目∮  『即興曲』Op.90(D899)(1827年頃の作)
第1番 アレグロ・モルト・モデラート、ハ短調 葬送行進曲(ベートーヴェンへの追悼)を想起させる 
第2番 アレグロ、変ホ長調、最もポピュラーな作品
第3番 アンダンテ、変ト長調、息の長い旋律が六連符の織り成す豊かな響きにのって歌われる
第4番 アレグレット、変イ長調 これもポピュラーな作品

「 上田先生が演奏されてますので、お聴きください↓ 」


-----------午後のコーラス練習
今回からクラスミーティングの時間を利用してコーラス練習が始まりました。
練習前にコーラス委員から声を出すための運動、声帯ついての話がありました。
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コーラス練習の指導は野間先生、ピアノ伴奏は、小野先生です。
声を出す前の準備体操から始まり、
先生の前で一人一人歌ってソプラノ、アルト、テノール、バスのパートに分けて頂きました。
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準備運動は腹式呼吸、腸運動、喉を大きく開ける等。
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力を抜いて、良い呼吸で発声練習、
息を流す、声を鳴らさない等、
歌うための初歩をわかり易く、ユーモアを交えて、教えて頂きました。
それぞれのパート毎に分れて「明日があるさ」を合唱。
同じメロディーのところは問題ないけれど、パート毎に異なる部分があると、途端に主旋律の方に引きづり込まれ、先生の声でなんとか元に戻るというような状況でした。
道は険しいですが、練習して
自分のパートを正しく歌えるようにしたいと思います。
先生、気長にご指導くださいませ。
宜しくお願いいたします。

☆☆☆ 上田先生からたくさんの回答を頂いてます。☆☆☆

◆シューベルトは短命なのに非常に多作だったのには驚くが、交響曲「未完成」を初め多くの未完成作品があり、移り気な性格でもあったように思う。
Ans.「未完成」と呼ばれる交響曲、なぜ未完(第3楽章は最初の9小節以外はスケッチのみで4楽章は存在しない)に終わったのか?には諸説あり、未だ結論は出ていないようです。放棄したのか、書けない理由が生じたのか? また「2章で既に完結している(ブラームス)」とも言われています。私には「移り気な性格」ではなく、若さ故、或いは、生き急ぐさなかでの迷い故、に思えます。そして、彼のその素直な脆さゆえ、私達は惹きつけられるのではないでしょうか。

◆聴いたことのある曲の作られた歴史的背景を知ることで、その曲がますます好きになった。作曲家の気持ちも先生が分かりやすく説明してくださり、音楽をさらに楽しめています。シューベルトはあまりピアノの練習をしなかったとか。先生もシューベルトのようにピアノをさわると勝手に指が動いているのだなあと思いました。
Ans.シューベルトは確かに天才で、練習量が少なくても、或いは殆ど無くても、楽器を扱えました。でも私の指は勝手には動いてはくれません!

◆交響曲は、なぜヨーロッパだけに生まれアジアには生まれなかったのですか?
Ans.交響曲のルーツは管弦楽の合奏、オペラ序曲にあり、其の発展は18世紀ヨーロッパにて始まりました。「シンフォニー」はバロック時代のシンフォニア(合奏協奏曲)から生まれた語で、「交響曲」は日本語への翻訳です。アジア諸地域にも其の地の楽器による合奏曲は存在していますが其れらは異なる名称を持ちます。例えば東南アジアのガムランのように。しかし、ヨーロッパ音楽と交流がある国の音楽家はヨーロッパの音楽語法を吸収して創作することが多く、今は、日本を含むアジアの作曲家も「交響曲」を書いています。

◆ベートーベンの次はブラームスを取り上げて欲しかった。シューベルトの即興曲第三曲はいい曲ですね。
Ans.ブラームスは19世紀後半に活躍した作曲家ですので、これから扱うことになります。お楽しみに。

◆シューベルトは短い人生の中で様々なジャンルの楽曲を残していますが本当にやりたいジャンルは何かな。
Ans.シューベルトの最も秀でたジャンルは歌曲でしょうが、彼は様々なジャンルに挑戦したかったのでしょうね。得意分野か否かは別として、彼はベートーヴェンを追っていたのでしょう。それに、31歳で亡くなるなんて、本人は考えていたかったはずですから・・・。

◆19世紀の音楽は例えばベートーベンの最高峰から流れ出て種々の河川になり大地に広がるイメージだろうか。
Ans.そのような捉え方もあります。特にドイツ・オーストリアでは後続の作曲家にとってベートーヴェンは絶壁であり、其れを乗り越えることからしか始められない・・・という空気がありました。でも、フランス、イタリアでは必ずしもそうではない側面があります。音楽を含む芸術の先進国はドイツより寧ろフランス、イタリアだったのですから。

◆数十年前、フォークグループでシューベルツというグループが、さすらいの子守唄をうたっていたのを思い出した。シューベルトに寄せて、つくられたうたなのかと、ふと思った。
Ans.「はしだのりひことシューベルツ」のことですね。シューベルトはアイディアの源だったでしょう。

◆生き方は色々あるものだ。人生のある時期にシューベルトのような考え方、生き方をしたような気がする。
Ans.私は弾いている時、何故か映画「理由なき反抗」を思い出してしまいます。若く、幼く、必要以上に繊細で身勝手・

◆シューベルト、モーツァルトともに短命なのに驚いた。どうしてだろうか?一般的に作曲家は短命なのか?
Ans.作曲という仕事は超繊細な感性が要求され、神経をすり減らす側面がある、のかもしれません。でも長命の作曲家も沢山おられます。シベリウスは91才、ストラヴィンスキーは89才、ヴェルディは88才、サンサーンスは86才、リヒャルト・シュトラウスは85才、ハイドンは77才、リストは75才、グノーは75才、ヘンデルは74才・・・長い人生を全うされたのです。

◆誰の中にも疎外感や孤独感はあるのだと思う。ただその強さの違いだろうか?先生の演奏すばらしかった!!息を詰めて聴いていた。
Ans.誰の心にもひそんでいる疎外感や孤独感、それを如何に表現して聴き手と心を通わせるか、それが表現者(詩人、作曲家、演奏家)に求められているのだと思います。

◆シューベルト歌曲、辻音楽師 聴きたいです。
Ans.シューベルトの歌曲集「冬の旅」の終曲「辻音楽師」については、11月19日、ゲスト・テノール西垣先生に歌っていただきます。おたのしみに!


今回のブログ当番は4班です。
沈黙の世界の中に身を置いて、まだ鳴っていない楽器の音色や倍音を楽譜として創り出せる。
楽譜になった音は決して聞こえることはないのに、鳴り響く音を皮膚感覚としてとらえらる。
彼の体の中は、音ではなく音楽で見たされていたのではと思いました。

-----------上田先生の講義録
芸術の創始:時代を超えて
・・・古典派からの脱却:ベートーヴェン・・・
Beethoven 

✤前回(9/10)から一ヶ月ぶりの「人生の扉」、Kさんのギターお休みで残念でしたが、頑張って歌いました。 英語歌詞の部分は難しそうですが、日本語の部分はハートフルな歌声が聴けました!
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≪19世紀音楽事情≫
今日は、ベートーヴェンの音楽を聴き、彼の人生と主張を追いました。19世紀の音楽は “ロマン派”と呼ばれますが、実のところ19世紀ヨーロッパは革命と紛争に明け暮れ、産業化、都市化が進み、貧困増大、匿名化してゆく大衆社会の中で“近代の疎外”が生じた時代、“ロマンティック”とは言えない時代だったようです。音楽の世界では、コンサート、オペラ、家庭音楽などにおいて、通俗作品の流行と共に名人技への憧れも強まってゆきました。音楽史上ウィーン古典派とされるベートーヴェンは主にこの時期のウィーンにて創作活動を展開したのです。
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≪ ベートーヴェン ≫
L.V.ベートーヴェン(1770-1827)は、ナポレオン(1769-1821)と共に“動乱の時代”を生きました。彼の音楽は古典的スタイルを保持しつつも、旧世界の価値観を蹴破るかのように強固な意志の展開を見せます。彼は「音楽家は貴族と同様或いはそれ以上である」と主張し、彼において音楽は“芸術”になったと言えます。彼以降、音楽創作には強くオリジナリティが求められるようになり、また彼の偉大な作品群は後続の音楽家達にとって乗り越え難い絶壁になってゆくのでした。

∮演奏曲目∮
◇クラヴィア・ソナタ 第14番『幻想曲風に』嬰ハ短調 Op.27-2
第1楽章 Adagio sostenuto・・・「月光」と呼ばれた楽章
第2楽章 Allegretto・・・・・・ベートーヴェン特有のスケルツォ(諧謔曲)
第3楽章 Presto agitato・・・・嵐のような楽章
 1801年作曲のこのソナタは確実にピアノの為に書かれ(タイトルにペダルに関する付記記述)、第1楽章から第3楽章までは序破急の流れを示し、通常のソナタの構成を超える作品となっています。レルシュタープ、ツェルニーの論評から「月光」と呼ばれるようになりましたが、それは作曲者の意図ではなく、当時17歳だったピアノの生徒ジュリエッタ・グチアルディ(不滅の恋人?)に献呈されました。

∮鑑賞CD∮
 Beethoven 弦楽四重奏曲 第8番 ホ短調Op.59-2 第Ⅰ&Ⅱ楽章
 Beethoven 交響曲 第6番 Op.68 「田園」第Ⅰ章~第Ⅴ章
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 Beethoven 交響曲 第5番 Op.67 「運命」第Ⅰ楽章
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✤ ベートーヴェンの音楽、一般的には”激情”が強調されがちですが、静謐な美しさも多いのです。彼は常に新たな展開を求め続けながらも同時にしっかりした古典的美意識をもって格調ある音楽を残しています。彼の激情の内側に秘められた自然への愛情、平和への祈り・・・なにかと不安定な今の時代だからこそ深く感じられるのではないだろうか・・・そのような思いでピアノを弾き、交響曲を聴いていただきました。

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☆☆☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆☆☆

◆先生の「月光」を聞いて、ベートーベンの音楽に対する執念、人生への決意を感じた。やはりベートーベンはすばらしかった。
◆ピアノを弾いてらっしゃる時の先生は大きく見えます。不思議です。心地よく聞くことができました。ありがとうございます。
◆1ヵ月振りの講座、先生のピアノ演奏をきいていると気持ちがシャキッとしたようになる。
◆耳が聞こえなくなるという絶望も彼の溢れ出る才能を止める事が出来なかったのですね。
◆僕の大好きなピアニスト ウィルヘルム・ケンプを思い出しました、素晴らしい演奏でした。
◆僕の大好きなベートーヴェンの「田園」をたっぷり聴けて非常に満足です、これでなくちゃ!
◆先生のピアノ演奏、ベートーヴェンのピアノソナタ月光がすばらしかった。演奏始めの静かな曲で、悲しい思い出がよみがえり、涙が出た。
◆音楽に言葉はいらない。朝からコンサートホールにいるような気分になれた。感謝、田園はいい。

☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答とコメントが ☆☆☆

◆19世紀の前葉 演劇、音楽など芸能全般で模倣から創造を意識された時代だったのだろうか。
Ans. 19世紀、貴族社会から市民社会への移行と共に、芸能に携わる人々の経済基盤についても、教会や宮廷から不特定多数の一般市民への移行が始まります。芸術家は自ら作品を世に問わねばなりません。芸能の活動が商いとダイレクトに結びつく時、オリジナリティは不可欠となります。現在の著作権問題ほどではないにせよ、既存の美の踏襲よりも新たな創造に向かう意識が強まったのではないでしょうか。

◆ベートーヴェンはイタリア語を話し、読めたのでしょうか?
Ans.ベートーヴェン唯一のオペラ「フィデリオ」はドイツ語で書かれています。作品の表情記号について、彼は一旦ドイツ語を試みますが、当時一般的であったイタリア語表記に戻しました。彼の生きた時代、ドイツはヨーロッパの中では未だ田舎、音楽文化の中心はイタリアかフランスだったので、ベートーヴェンも必要に応じて対応可能な程度にはイタリア語も使えたのではないかと思われます。でもどちらかというと不器用なベートーヴェンがイタリア語を流暢に話すところは想像しにくい感ありです。本当のところは分かりません。

Comment 私にとって遠い存在、手の届かない高みの存在で近寄り難かったベートーヴェン、彼の人生と作品について講義を終えましたが、伝えたいことのごく一部しかお話出来なかったという感があります。音楽家の生涯は勿論のこと、社会状況の変化と関連、作品の詳細・・・お話すべきことは山ほどありますが、なにより”音楽”を聴いていただきたいとも思っております。教室で共に聴いてはじめて興味をもてる・・・という方もおられることでしょう。音楽鑑賞に専念したい方もおられる一方、解説を必要とされる方もおられます。鑑賞と解説を重ねない為には、紹介する音楽作品や内容を絞らざるをえませんが、私の中で「聞いて欲しい!」気持ちが勝ってしまって削ることが出来ず、ただただ「もっと時間が欲しい!」と思い続けています。音楽の歴史というスタイルをとっておりますが、その解明を目的とするのではなく、歴史を超えた人の心の機微を音楽を通して共に感じることが出来れば、と願っております。どうか残りの期間お付き合いください。 上田


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