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今回のブログ当番は1班です。
早いもので今年最後の授業となりました。
テーマはロシアの音楽家。
私の大好きなチャイコフスキーとラフマニノフが
ムソルグスキーなどロシア5人組とスクリャービンと一緒に講義され、
あまりの時間の短さに、許されるならせめて2回に分けて欲しかったなあと感じたのは
私のわがままなんでしょうねえ?
ムソルグスキーの「禿山の一夜」は、センセーショナルな曲調のため、テレビドラマ等でよく使われていますが、
夜が明けた後の穏やかな曲調はとても心地よく、その対比が面白いです。
ムソルグスキーの若い時と晩年の容貌の変わりよう、とても同じ人間とは思えません


-----------上田先生の講義録
❤ 今日も有馬圭亮氏がピアノを弾きにきてくださいました。
★ 朝歌「人生の扉」、K氏のギターがお休みでさみしかったですが、Yさんのカホンが支えてくれました。P1010031縮小
最後のハミングが難しいので譜面にとらわれず自由に歌ってください、と言いましたら、本当に自由に・・・譜面と異なるところでハミングやラララが聴こえるのですが、それがピアノと美しく合うのです! 音楽は自由が良いのですね!
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≪ 音楽におけるナショナリズム≫
19世紀後半、周辺の諸地域に伝わる民俗芸能が西洋音楽に大きな影響を与えます。遠き祖先から伝わる民謡や物語、リズムは、社会の下層で生きる人々や被抑圧民族にとって、民の誇りと憧れを自由に表現出来る唯一の手段でもあり、時として、いわゆる愛国心的プロバガンダ、「武器を取れ」との精神的呼びかけにもなり得たのです。

≪ロシアの場合≫
ロシアは力強い民謡の宝庫でしたが、当時、音楽教育機関は皆無で音楽家の地位は低く、音楽界はイタリア人に支配されていました。先駆者M.グリンカ(1804-1857)はミラノ、ベルリンなどで学んだ後ロシアに戻って祖国の民謡に基づく音楽を作曲しました。
次の展開は、バラキレフ(1837-1910)と、彼の下に集った陸軍技術将校セザール・キュイ(1835-1918)、見習士官ムソルグスキー(1839 -1881) 、海軍将校リムスキー・コルサコフ(1844-1908) 、化学者ボロディン(1833-1887)によるもので、ロシア五人組と呼ばれた彼らは、西欧アカデミズムに対抗する個性的な音楽活動を展開しました。一方、モスクワ音楽院に学んだチャイコフスキー(1840-1893)は、ペテルブルグの5人組とは対極をなし、ロシア的性格を持ちながらも西欧のオーソドックスなスタイルを越えることのない洗練された創作で国際的名声を獲得しました。両者は対立関係にありましたが、いずれも祖国ロシアの風土を色濃く描いているのに・・・と私はこうした対立関係を残念に思っています。
≪観賞曲CD ≫
★ P.チャイコフスキー民族の心を歌う:ロシア-001縮小
  「祝典序曲1812」(1880作曲) 
1812年は、ナポレオンによるロシア侵攻の仏軍に勝利したロシアの記念すべき年、音楽はその光景を描く感動的な作品となっています。

★ M.ムソルグスキー 民族の心を歌う:ロシア-002縮小
民族の心を歌う:ロシア-003縮小  交響詩「禿山の一夜」(1867作曲)。
ムソルグスキーがアルコール依存になった頃の作品。タイトルや冒頭は刺激的ですが、素朴なロシアもたっぷり聴ける作品です。
★ M.ムソルグスキー  「展覧会の絵」(1874作曲)、M.ラヴェル編曲版 民族の心を歌う:ロシア-004縮小

この作品は友人であった画家ハルトマンの遺作展の為に書かれたました。ハルトマンの絵画を見ながら「プロムナード」「小人」「古城」「テュイルリー」「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」「リモージュの市場」「キエフの大門」を聴きました。

≪ロシア革命後≫
 1917年 ロシア帝国は崩壊 し社会主義国家が誕生、1922年にはソヴィエト連邦成立、その2年後レーニンが亡くなりますが、1930年代にかけてスターリンによる大粛清の時代に入ってゆきます。
ラフマニノフ(1873-1943)、民族の心を歌う:ロシア-005縮小
プロコフィエフ(1891-1953)、ショスタコーヴィッチ(1906-1975など多くの芸術家はソヴィエト社会主義とその粛清の中、生き残る為の辛酸を経験し、亡命、或いはプラウダ批判やジダノフ批判受けて譲歩・変節を余儀なくされたのでした。
とりわけラフマニノフは1917年十月革命後、家族と共にロシアを離れ、スカンディナヴィア諸国への演奏旅行のまま二度と祖国ロシアの地を踏むことはなかったのです。「僕に唯一門戸を閉ざしているのが、他ならぬ我が祖国ロシアである。」(ミュージカル・タイムスのインタヴュー記事より)

≪ 本日の演奏(有馬圭亮氏)≫
「ヴォカリーゼ」(ラフマニノフ):左手の為用にアレンジされた作品
「2つの左手のための小品:プレリュード&ノクターンOp.9」(スクリャービン)民族の心を歌う:ロシア-006縮小

 スクリャービンは小柄な体格でモスクワ音楽院ピアノ科時代、オクターブが精一杯と言われるほど小さな手の持ち主だった。にもかかわらず(巨漢ラフマニノフを含む)同級生らと熾烈な競争を続け、ついに右手首を痛めてしまう。回復するまでの間、左手を特訓するとともにピアニストとしての挫折感から作曲にも力を注ぎ、独自の高度なピアノ演奏技術を元とした左手奏法を編み出す。それは右手以上の運動量を要求し広い音域を駆け巡る、後に「左手のコサック」と呼ばれる独自のピアノ書法で、作曲家スクリャービンの誕生を象徴するものとなった。初期の作品なので、調性を逸脱することはなく、ロマン派(特にショパン)の影響を色濃く受けている。


-----------午後のコーラス練習
コウダイフェスタに向け、野間先生のご指導も快調!!!P1010046縮小
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色々笑わせて頂き、歌う事以外でも腹筋が鍛えられます。
少しずつ要求レベルが高くなってきました。
歌いながら
4人がマラカスを振る、全員でステップを踏む。
集中しないとどちらかが間違いそう。

-----------クラスの忘年会
森ノ宮の駅側の「菜蔵」で行いました。
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例によって委員長のクイズがありました。
頭の固い私には正解を聞いても納得するまで少し時間がかかるような難題でしたが、
柔らか頭の方々が見事正解され、委員長ご持参のクイズの賞品(畑で採れた大根)を獲得されました。

-----------二次会
カラオケ
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☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆

◆「序曲1812」と「禿山の一夜」、先生の説明から、自分なりの想像が出来て聴いていて楽しかった。

◆音楽とイメージは密接な関係があると思うが、ムソルグスキーの「展覧会の絵」はその典型のようです。この曲はこの絵がモチーフになっていると明示されていることまでは知らなかった。

◆先日、たまたまBS放送で日本で左手だけのピアノコンクールの状況が放映されていた。参加者は外国からの参加もあり50人。当科でタイミングよく「左手のピアノ」に接していたから理解に役立った。

◆ロシアの壮大な景色が目に浮かびました。

◆ラフマニノフのヴォカリーズとても素敵でした。

◆曲が作曲された歴史的な背景をお聞きする事によって、より深く楽しみながら聴けました。


☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答&コメントが ☆☆☆

◆片手の演奏とはいえ迫力がありました。「右手だけ」というのはないのでしょうか。
Ans.少ないですがあります。http://www.panamusica.com/topics/one_hand/ にて紹介されています。

◆今迄聞かせていただいた曲と比べ、今日のはやはり違っているように感じました。大国の力を誇示するような終わり方ですね。
Ans.どの曲にも必ず「キエフの大門」を彷彿とさせる壮大な音楽が出てきますものね。”大国の力の誇示”かどうかは分かりませんが・・・”雄大なロシア”が聴こえることは確かです。

◆展覧会の絵で太い旋律に対してグチっぽい旋律という表現がおもしろかった。
Ans.「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」のことですね。リアルな描写でしょう?

◆「展覧会の絵」を基になった絵を観ながら聴きたいと思います、これ等の絵はどの様にして入手出来ますか?
Ans.提示絵画はネットで探したものです。今、再度検索しましたら、詳しい説明付きがありましたのでURLを紹介しておきます。ご質問を機に調べ直して、新たな情報を得ました! ありがとうございます。
「ムソルグスキーとハルトマン「展覧会の絵」 Wunderbarな毎日 (前篇、後篇)」で検索してください。
https://ameblo.jp/endless-sorrow628/entry-12308871986.html
https://ameblo.jp/endless-sorrow628/entry-12309011003.html
上記サイトから、画像をPCに取り込んでおくと、その画像を見ながら、CDやYouTubeなどで音楽を聴くことが出来ます。


◆音楽はやはり時代や国、又は生活環境に影響されるのだろう。作曲家の多くは天才故に(?)若くして
病死している。
Ans.天才は過敏ゆえに消耗も激しいかもしれない・・・とは思います。



Comment.今日はロシアの血を強く感じる曲を選んできました。聴いていただきたい音楽が多過ぎて、持参した音源のうち少ししか扱えず、それが一番の心残りです。
年明けからは、東欧、北欧、スペイン・・・と各地の民族色濃い作品を聴きます。お楽しみに! 上田

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今回のブログ担当は4班です。
ワーグナー、リストは新ドイツ学派、未来派。ワーグナーは1849年ドイツ3月革命に参加した。ワーグナーもブラームスも同じベートーヴェンに影響を受けたがブラームスはドイツ音楽の伝統を主張し未来派と対立したと教科書に書いてあります。
この頃の音楽家、芸術家は社会の変化による価値判断が変わりかけた状況を感じとり、それぞれの個性を作品に現したのですね。
有馬先生が演奏されたバッハの曲は表情が豊かで、早弾きや音飛びもスムーズで目を閉じて聴いていますと両手での演奏に聞こえました。

-----------上田先生の講義録
∮ 篝火の守護者:ブラームス vs 新ドイツ楽派:ワーグナー&リスト ∮

❤ 今日は有馬圭亮氏をゲストにお迎えしました。

★ 私達の朝の歌「人生の扉」、有馬先生には歌で参加頂きました。もちろん、K氏のギター、Yさんのカホンも一緒に!
  今日は初めて、フレーズの入りが全てバッチリ! 打楽器のノリが良くなって楽しく入れるようになった、かな。P1010005縮小

★ 一連のゲスト・コンサートを終え、今日は久しぶりの講義です。
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 19世紀半ばから20世初頭にかけてのヨーロッパは、電信技術や鉄道の発達によって、かつてないほど互いの距離が近づき、それによって市民化の流れが加速した時代です。楽器は音域・音量の拡大改良を求めて発達し、聴衆層も大きく広がってゆきました。楽しげなワルツ、オペレッタが大流行を見せるとともに、音楽院や音楽協会が設立されて音楽家の活動の中核となり、交響曲、協奏曲、交響詩、そして大都市に於けるオペラ公演といった巨大化の波に繋がってゆきました。

★“音楽の3大B”の一人、ヨハネス・ブラームス(1833~1897)は、リスト、ワーグナーなど超絶技巧や奇を衒う音楽が一世を風靡していたこの時代に、異なる美的原理を追い求めていました。J.S.バッハ、ベートーヴェン、そしてシューマンの音楽を敬愛し、時代遅れと揶揄されてもなお古典的絶対音楽のスタイルに執着、純粋且つ真面目な音楽家の姿勢を代表し続けたこと、“時代の潮流に乗らなかったこと”こそが、彼の音楽の今なお続く絶大な人気の理由なのかもしれません。
  今日はブラームスの魅力を探るべく、同時代の作曲家、リスト、ワーグナー、マーラー等のお話から始めました
  
                                                      
≪観賞CD≫
★ J.シュトラウス(1825-1899)「美しく青きドナウ」(1866)他
           ・・・講義BGM として流してました。ワルツの時間に聴いた曲ですが、覚えておられましたか?
★ F.リスト(1811-1886) 「《巡礼の年:第3年》よりエステ荘の噴水(1877-83年作)   演奏:A.ブレンデル
★ F.リスト(1811-1886) 「死のチャールダッシュ」(1849年作)    演奏:A.ブレンデル
★ G.マーラー(1860-1911)  「『さすらう若人の歌』 No.1 いとしいひとが嫁いでゆくと 」(1883年作)   
           歌:フィッシャ=ディスカウ   指揮:フルトヴェングラー  ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
❤ マーラーのオーケストラ伴奏付歌曲を聴きながら・・・彼の妻であり奔放に時代を生きた女性アルマ・マーラーについてお話しました。19世紀後半・音楽家の苦悩-003縮小
荒波の時代にもかかわらず享楽と官能に彩られたウィーンの街、そこでアルマは画家クリムトとの恋を皮切りに19世紀後半・音楽家の苦悩-004縮小
作曲家マーラー、建築家グロピウス、音楽家ウェルフルと結婚歴を重ね、画家ココシュカの生涯の恋人でもありました。自身音楽家であり、ウィーンの華と呼ばれたアルマは、華麗な男性遍歴の人生を送っただけでなく、多くの芸術家を魅了し、彼らの創作意欲を刺激して才能を引き出したとも言えるでしょう。19世紀後半・音楽家の苦悩-005縮小



                           J.ブラームス(1833~1897)
19世紀後半・音楽家の苦悩-001縮小
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★ J.ブラームス(1833-1897)  「交響曲第1番 ハ短調 Op.68 第Ⅰ楽章」(1876年)
  ハンス・フォン・ビューローが(ベートーヴェンの)“第十”と呼んだ作品。この言葉は揶揄でもある。
            指揮:ハイティンク  コンセルト・ヘボウ管弦楽団
★ J.ブラームス(1833-1897)  「 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77 第Ⅰ楽章」(1878年)
        Vn: H.シェリング   指揮:A.ドラティ  ロンドン交響楽団
 いずれもブラームスの個性が存分に表現された名作。そしてヴァイオリンがあまりにも美しくせつなくて、解説も忘れ、予定のクラリネット五重奏曲に移ることも忘れ・・・ただただ聴き入ってしまいました!

❤ 最後は、左手だけで演奏されているピアニスト、有馬圭亮氏の演奏です。
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      演奏曲:J.ブラームス作曲 『バッハ=ブラームス編曲/左手の為の≪シャコンヌ≫』

 J.Sバッハの原曲は無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の終曲・シャコンヌで、ほとんどバッハの書いた音そのままで左手だけで弾けるようにされた、原曲にほぼ忠実な編曲。ヴァイオリン独特の音の配列のところで、ピアノでは弾きにくそうなところは和声の響きを生かして編曲されている。当時右手を痛めていたクララ・シューマンに、左手だけで演奏出来る曲として送られた、というエピソードが残されています。


-----------午後のクラスミーティングとコーラス練習の模様P1010020縮小
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☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆


◆ブラームスの誠実で不器用な生き方は、私は好きです。でももう少し上手に生きられなかったのかな?
それだけクララを深く愛していたのですね。曲も彼の地道な生き方が出ているようで好きです。

◆久しぶりでマーラーを聞きました。千人の交響曲なつかしいです。難しいがきれいです。

◆奇才をはなつ天才がほぼ同時代に活躍するって不思議ですね。左手のピアニスト失礼ながら関心がありました。

◆有馬先生の演奏、聞き始めはやはりボリュームが…終わる頃には「うそー」音に引き込まれている私がいました。

◆ブラームスの編曲、バッハの曲を左手だけで有馬圭亮さんが演奏してくださり素晴らしかったです。とても片手1本の演奏とは思えないです。

◆大好きな“シャコンヌ”に大感激した。バイオリン、ギターは聴いたが、ピアノは初めてだった。ブラームスの編曲に感謝です、そして素晴らしいピアノにも。

◆テーマに合わせた話し方、選曲 いつも上田先生の我々への心遣いに感謝です。



☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答&コメントが ☆☆☆


◆優れた音楽家(芸術家)は、作品を作るためには情熱がないとだめだと思いました。その情熱のためには、恋愛(不倫)や心身の障害も必要だと。私は感動するだけで、芸術家にはなれないと納得しました。
Ans.創作に“情熱”は不可欠です。“常軌から逸脱した恋愛”も“障害”さえも不可欠と思われがち、だったりしますが、不倫や障害が芸術を生む訳ではありません。如何にリアルが求められても、殺人を表現する為に実際に殺人を実行する訳にはゆきません。芸術表現には豊かな体験が望まれますが、実体験よりも心で感じること、感性を磨くことこそが大切なのだと思います。

◆今日のCD長く聴けました。欲を言うとDVDだとうれしかったような!
Ans.今日聴いた音源は古いのでDVDは存在していなかったのです。でも音楽は最高です!

◆「神は死んだ」とニーチェが言って西洋の音楽、美術をはじめ芸能の舞台が変わったのが面白いと思った。
Ans.ニーチェの言葉が世情を変えた、のではなく、世情の変化をニーチェが代弁した、と私は捉えます。

◆バイオリン協奏曲のバイオリンの演奏、音色に引き込まれた。特にソロ演奏は素晴らしい、演奏者は?
Ans. H.シェリング、ポーランドの生んだ20世紀屈指のヴァイオリニストです。今日聴いたカデンツァは、1879年初演時のヴァイオリニスト・ヨアヒムの手になるものとか。華やかさより繊細さが最高に素晴らしい!

◆大好きなブラームスの交響曲一番とバイオリン協奏曲を鑑賞できました、やっぱり美しいですね、ただ指揮者や演奏者の名前が知りたかった。
Ans.「交響曲第1番 ハ短調 Op.68 第Ⅰ楽章」、 コンセルト・ヘボウ管弦楽団、指揮はハイティンク。 「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77 第Ⅰ楽章」、Vn: H.シェリング、 ロンドン交響楽団、指揮はA.ドラティ、です。

◆ブラームスの重厚な音楽の後に左手一本のピアノ曲を聴けるなんて不思議な気持ちになる。右手だけの楽曲はあるのだろうか。
Ans.少ないですがあります。http://www.panamusica.com/topics/one_hand/ にて紹介されています。



Comment.:19世紀後半の作曲家達は皆 “近代”の重圧の最中を生きたのですから、明朗・快活とはゆかず”難解なクラシック音楽”の代名詞にされがちなのですが、今日は聴き入っていただけて嬉しかったです。フランスの小説『ブラームスはお好き?(サガン)』のタイトルは「貴方、ブラームスお分かりになるの?」という嫌味ですし、実は私も若い頃は近寄れませんでした。、音楽の奥深さは、年齢と共に感じられるようになるのかも。「人生の扉」のように、今が一番素敵なのですね!  上田


今回のブログ担当は3班です。
お二人(上田啓子と京谷政樹両氏)のピアノ連弾はすばらしかった。ブラボー大分練習されたんでしょうね。お疲れ様でした。親子みたいで、イキがピッタリ合っていました。ピアノを始める動機のーっが演奏を聞いて(あるいは観て)というのが多いといつも思うのですが、仲々長続きしないですね。私もそのー人です。

-----------上田先生の講義録
・・・家庭で楽しまれたピアノ連弾・・・
  大阪音楽大学教育助手、チェンバリストとして活動されている京谷政樹氏をゲストに迎えま した。
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❤本日の「人生の扉」、京谷先生は歌に参加、英語の部分がいつもより良く聴こえていて、日本語歌詞はもちろんノリが良くなったように感じていて、私は皆さんの歌声を楽しみながら伴奏を弾けました!

∮ 連弾の歴史
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4手の為の鍵盤楽曲は、最古の記録として17世紀初頭まで遡ることが出来ますが、先ずは18世紀後半、モーツァルトと姉ナンネルの華麗な公開演奏により、成熟したピアノ曲として花開きます。そして19世紀にはブルジョアジーの台頭とピアノの普及により、耳慣れた曲を手軽に家庭で友達や先生と演奏出来るよう、多くの名曲がアレンジされ、ピアノ連弾は一躍流行の波に乗ります。楽器としてのピアノの発展も、オーケストラ的要素など音楽表現の高度な可能性を生みました。
今日は、モーツァルト、シューベルトの大作、ブラームス、ドヴォルザークの舞曲、そしてフランス近代に転じてG.フォーレの組曲を演奏しました。耳馴染みのある曲は少なかったかもしれませんが、1台のピアノを2人で4本の手で演奏する、”スリル”を伴う面白さを体験していただけたのではないでしょうか。
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∮ 演奏曲目
第Ⅰ部(合奏の流行と共に)
W.A.モーツァルト (1756~1791)
「4手の為のピアノソナタ ハ長調 K.521」(1787)
F. シューベルト(1797-1828)
「幻想曲 D940 Op.103 」(1828)
第Ⅱ部
J.ブラームス (1833-1897)
音による対話2018-001縮小
「ハンガリア舞曲 Wo0.1」 (1869、1880)
    No.4 ヘ短調 No.5 嬰ヘ短調
音による対話2018-002縮小
 A. ドヴォルザーク(1841~1904) 
「スラヴ舞曲集 第Ⅱ集Op.72-2」(1886) ホ短調 Allegretto grazioso
音による対話2018-003縮小

G.フォーレ (1845~1924)
  「ドリー Op.56」
1.子守歌 (1893)
  2.ミ・ア・ウ(1894)
  3.ドリーの庭 (1895)
  4.キティー・ヴァルス (1896)
  5.優しさ(1896)
  6.スペインの踊り(1897)


-----------午後のコーラス練習の模様
練習前の準備運動
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「今日の日はさようなら」を手話をつけて
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「野間先生のご指導」

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☆☆☆ 一口レポートの抜粋  ☆☆☆

◆ピアノへのタッチのちがう二人が一つの曲を弾く大変さを感じました。
◆上田先生は気持ち良さそうに、京谷先生は楽しそうに演奏されているのが印象的でした。
◆京谷先生はピアノが大好きなのですね。やさしい顔をされ幸福な心持ちで、廻りをも幸せになさるお顔をされておられました。こちらも幸せになりました。
◆お二人の息のあった演奏ブラボーです。ソロとまた違って重厚な迫力がありました。楽しそうに弾かれている姿がよかったです。
◆モーツァルトの曲は上品な社交ダンスを見ているような、シューベルトはオーケストラ。素晴らしい連弾に感動しました。二人の先生の音楽を楽しまれている様子が感じられました。
◆狭い鍵盤上を目まぐるしい早さで4本の手が交錯しながら、素晴らしい音楽が奏でられるのに感動しました。また、京谷先生が笑顔を絶やすことなく本当に楽しそうに演奏されている姿に、こちらまで楽しくなりました。



☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答&コメントが ☆☆☆

◆ハンガリー舞曲、スラブ舞曲がピアノ連弾曲とは知りませんでした、確か展覧会の絵も元はピアノ曲でしたね
Ans.そうです。「展覧会の絵(ムソルグスキー作曲)」もピアノの為に書かれ、後にラヴェルのオーケストラ編曲で有名になります。作曲家はピアノを使って作曲し、当初からオーケストラや舞台をイメージして作曲、ピアノ譜に記すこと多いので、ピアノ譜であっても実はオーケストラは鳴っており、オーケストレーション(オーケストラの楽器に割り振る)だけで交響的作品になることが多い・・・という側面もあります。

◆作曲家には何故変人が多いのか?
Ans.作曲に限らず、美術、文学、舞台など、創作を生業とするには“桁外れ”な個性が必要・・・桁外れの生き方が“芸の肥やし”となる・・・など「フツウじゃいけない」みたいな世間的通念(偏見?)・・・はあったように思います。でも本当に生き残った創作家は、其の人なりに自分を律して創作活動を行い作品を残したので、私としては「作曲家=変人」という概念は持っていただきたくないです。少なくとも、作曲家に変人(超個性的な人)は多いかもしれないけど、変人が作曲家になれる訳じゃないから。


Comment.
御紹介し忘れておりましたが、京谷氏は繊細なタッチをお持ちのチェンバリストです。昨年から、ピアノにも活動範囲を広げていただきたくゲスト共演をお願いしております。年齢差は40年(親子どころじゃない!)ですが、音楽理論のクラス学生時代、卒業後の音楽学助手としてのチェンバロ関連の仕事の中で、10年近くお付き合いさせていただき、今、楽しく共演出来るようになって本当に嬉しいです。 ピアノ連弾は一見近付き易いけれど、実は緻密さが要求される、けっこうタフなアンサンブルです。でも、楽しさも難しさも、誰かと分かち合ってこそのアンサンブル。私も十分楽しい時を過ごしました! 長時間集中して聴いてくださり、本当にありがとうございました。   上田啓子


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