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今回のブログ担当は3班です。
音楽は時代の影響を受けると共に、その時代の他の芸術の影響を受けるし、影響を与えることが、ドビュッシーの音楽を聞くと良くわかる。また日本の文化と通じるものがあるのが面白い。なんとなくリラックスできるのが不思議である。

-----------上田先生の講義録
❤コーダイフェスタのコーラスを2日後に控え、今日は最後の練習日!
 本日の「人生の扉」はその直前発声練習のつもりで、ひたすら楽しく歌っていただきました。P1010223縮小

 C.モネ作 「印象 日の出」フランス近代の香り-001縮小
∮ベル・エポック ・・・ パリにて・・・∮
 1885年頃から第1次大戦(1914年勃発)頃までのパリは、ヨーロッパ各地から芸術家が集う華麗な芸術の都となり、その時代は ベル・エポック(良き時代)と呼ばれます。印象派と呼ばれた画家達(モネ、マネ、ドガ、ルノワール)、象徴派の詩人達(ボードレール、マラルメ、ヴェルレーヌ)の活躍と共に、C.サンサーンス(1835-1921)等がフランス固有の音楽を創出し、G.フォーレ(1845~1925)を経て、C.ドビュッシー(1862-1918)、 M.ラヴェル(1875-1937)、そして異端児 E.サティ(1866-1925)、さらには当時の新人類「六人組」に引き継がれてゆきました。フランスの音楽は 「ただニュアンスだけを(ヴェルレーヌ「詩法」)」 に象徴されるように、印象や感覚を重視して水や光や風など捉え難い対象を描き、リアルな描写や激しい感情表現を避ける傾向にあります。とはいえ作曲家達は各々個性的に創作を展開、その表情は様々です。C.ドビュッシーはロシア、スペイン、東洋の文化までをも採り入れて強く独自性を発揮、M.ラヴェルは“均衡・抑制・明晰”を理想とした創作を展開しますが血をひくスペインはもとよりジャズをも採り入れ、E.サティは『家具の音楽』という現代のイージーリスニングに繋がる概念にまで至るのでした。今日は印象派絵画や象徴派の詩との関連に触れながら、C.ドビュッシー、M.ラヴェルの作品を鑑賞しました。

≪ドビュッシーとラヴェルの音楽を聴く際にイメージ作りの参考にした絵画≫
『モネ』( 睡蓮 )⇒ドビュッシーフランス近代の香り-002縮小
『マネ』(笛を吹く少年 )⇒ラヴェル
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『M.ローランサン』(スペインの踊り)
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≪ピアノ演奏≫
∮ C.ドビュッシー    「アラベスク No.1、 No.2」(1888-1891)
≪観賞CD≫ 
★ C.ドビュッシー    交響詩「海」(1903-1905) 第Ⅰ章 海の夜明けから真昼まで
★ C.ドビュッシー    「牧神の午後への前奏曲」(1892–1894)
≪ピアノ演奏≫∮ C.ドビュッシー 「月の光 (ベルガマス組曲No.3)」(1891頃)
≪観賞CD≫
★ C.ドビュッシー    「水の反映」(「映像第Ⅰ集」より1905)
★ M.ラヴェル      「水の戯れ」(1901)
★ M.ラヴェル      「道化師の朝の歌Op83」(1905) 
★ M.ラヴェル      「ボレロ」(1928)
★ M.ラヴェル      「左手の為のピアノ協奏曲Op82」 (1930)  S.フランソワのピアノにて

❡ 本日はドビュッシーとラヴェルの比較で時間切れ、E.サティまでお話を進めることが出来ませんで 
  した。フランス近代の香り-005縮小
かわりに・・・「ドビュッシーとラヴェル、どちらがお好き?」という2択設問を出しました。 
  続けて「私はどちらが好きと思いますか?」と問いかけてみました。


-----------午後のコーラス練習
4か月間に亘ってご指導いただいたコーラス練習も
明後日のコウダイフェスタ リハーサル、本番を控えて最終日となりました。
野間先生、小野先生ありがとうございました。

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☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆

◆ロシアもええけどフランスもええなあ。音楽の素晴らしさは万国共通。ドビュッシーとラヴェル音楽は
どちらも好きだけど、ハンサムなラヴェルに一票。

◆作品の評価は、ローマ大賞を取るかどうかより、歴史が証明するものだと思う。イメージが鮮やかで、リズム感もあり私はドビュッシーよりラヴェルの方が断然好きだ。

◆楽器、楽譜は「音楽」の原点を伝えるものだとやっと分かりました。古代から現代の音楽がそういう流れだと。

◆ドビュッシーとラヴェルそれぞれ個性的であるが私はドビュッシーが好きです。

◆フランス音楽はつかみどころがない感じで苦手なのですが、ドビュシーの方がややなじみがあります。

◆ドビュシーとラヴェルそれぞれにいい曲があるので好みと言うより、聴きたい曲で選ぶ感じです。



☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答&コメントが ☆☆☆


◆ドビュッシーが「ハンマーが無いかのようなピアノ」と言うならば、弦楽器(ヴァイオリン、チェロ等)の方が似合うように思うがーーー。
Ans.それを敢えてピアノで要求する・・・のがドビュッシーなのです。ピアノを達者に弾いたドビュッシーはピアニストに最大限のデリカシーを求めたのだと、私は思います。

◆ドビュッシーとラヴェルどちらが好きか?と聞かれると ラヴェルはやはりボレロがでてくる、水のたわむれる小川、水の反映?水の半影?でもいい!
Ans.面白いネーミングですね!  でも今日聴いたのはドビュッシー作「Reflets dans l'eau水の反映」、ラヴェル作「Jeux d'eau水の戯れ」。混同しないでねー。

◆ラヴェルの方が好きです、特にボレロは聴いていてフラッシュクダンスが眼に浮かびました。
Ans.「フラッシュダンス」・・・音楽は違うけれど、でも蘇ってくる”熱さ”がありますね。

◆牧神の午後への前奏曲はバレエ音楽と思っていた、ドビュッシーの音楽は「家具の音楽」として聴きたい。
Ans.「牧神の午後への前奏曲」、1892~1894に作曲された管弦楽作品で、1912年ロシアバレー団によって『牧神の午後』としてバレー上演され、以降もバレー上演は多く為されました。

◆ドビュシーのあいまいさというか絵画で言うもうろう体の音楽に心を引かれる。日本人の感性をくすぐるところがある。
Ans.私もそう思います。少ない素材で含蓄の多い表現、俳句に通じるものを感じます。

◆ドビュッシー、ラヴェルその他この時代の作曲家はイージーリスニングの要素がありとても癒される曲が多いと思いました。時代背景が影響しているのでしょうか。
Ans.19世紀音楽の濃厚な感情表現への反動、時代的にみるなら“転換期の頽廃”でしょうか。

◆音は弦が出しているようだが実はハンマーも弓も出している。その音をなくせもしくは無いように演奏しろということではないですか。
Ans.具体的に言うと、ハンマーが弦に当たる衝撃を極力減らせということだと思います。


Comment.沢山の個性的な感想をいただけて嬉しいです! 21世紀の今では許されそうもないスキャンダルだらけのアーティスト達。でも本質的な革新は規範を超えるところから始まるのかもしれない。もうウン十年前ですが、私はなによりこのフランス・アーティスト達の自由奔放さに心惹かれておりました。 今日はサティの紹介までお話を進められなかったのが心残りです。「Je te veuxおまえが欲しい」「Gymnopédieジムノペディ」弾くつもりで楽譜持って来ていたので。またいつか機会があれば・・・。   上田啓子


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今週の担当は2班です。
明けましておめでとうございます。
20日振りの授業。久しぶりにクラスの方々にお会い出来ました。
今日は前回に引き続き民族音楽。
何時も先生にお教えいただく、時代考察が音楽に影響するのを実感した授業でした。
スメタナ、ドヴォルザーク、グリークの聞き覚えのある音楽を拝聴した後、
久しぶりの上田先生のピアノ。
ここ数回ゲストの方がおられ、若干遠慮気味であった上田先生。
今日は「樹の組曲」の5曲に生命の力、孤独の寂しさ、尊厳、悲愴等々、
先生が我々に伝えたい物語が脳裏を駆け回った、久しぶりの上田ワールドでした。
「音楽をたのしむ科」そのものの授業でした。
直接お教えいただける授業が残り3回のみ、目一杯楽しませていただきます。

❤ 冬休みをはさんで久しぶりの朝歌「人生の扉」、K氏のギター、Yさんのカホンと共に歌いました。P1010202縮小
Yさんが”英語フレーズからハミングに入る部分”の指示を考えてくださいましたが、やはり最後のハミングは難しいですね。でも、いつのまにか英語部分も元気な声が聴こえるようになりましたし、フレーズの入りはバッチリです。P1010207縮小


❡ 1848年2月にフランスで勃発した革命はヨーロッパ各地に伝播、「諸国民の春」と呼ばれる時期が訪れます。それを機にウィーン体制は崩壊に向かいますが、革命は幾度も鎮圧され、反動的状況も生じました。昔から伝わる民謡や民話に基づく音楽は民族の誇りをかき立てる大きな力を発揮しましたが、音楽家達がしばしば時代の波に翻弄されたのも事実です。今日はボヘミア、北欧の音楽家の足跡を追いました。スペインの作曲家までお話を進めたかったのですが残念ながら時間不足でした! 感動的な音楽の背後に、彼らの”祖国への想い”、”時代故の悩み”があることを感じとっていただきたく。

∮ ボヘミア ∮
 ☆スメタナ(1824-1884)  1848年プラハ革命で愛国者側に加わり、革命鎮圧後疑惑の目で見られスエーデンに移住。1861年プラハに戻り再起の機運が漲る祖国の為に国民オペラの構想を抱き、オペラ・ブッファ《売られた花嫁》、連作交響詩『わが祖国』を遺した。晩年は耳と心を病み、プラハの精神病院で亡くなる。
 ☆ドヴォルザーク(1841-1904)  リストとヴァーグナーに傾倒後、ブラームスを介して絶対音楽的内容と国民的色調を持つ交響曲に向かう。1892年ニューヨーク・ナショナル音楽院院長就任の為渡米。翌年、交響曲第9番(「新世界より」)を発表。“プラハの偶像”

∮ ノルウェー ∮
 ☆グリーク(1841-1907)
ライプツィヒ音楽院で学んだ後、1862年にノルウェーに戻り作曲及び演奏活動を展開  
   する。1875年作の戯曲音楽を、1891年《ペールギュント組曲》に改編して発表。

∮ フィンランド ∮
フィンランド人はヴォルガ川の流域から数千年昔に移住してきた民族でウラル語系、フィン・ウグル語族に属する。1808年までスエーデンの属領、1917年独立までは帝政ロシアの一公国であったが、民族伝承詩『カレワラ』の集大成が民族の魂の原点自覚に、そして民族的音楽の発露に繋がった。
 ☆ヤン・シベリウス(1865-1957)
1899年当時、フィンランドは帝政ロシアの圧政下で独立運動が起こっていた。シベリウスは「フィンランドは目覚める」(歴史劇の伴奏音楽から編曲した管弦楽組曲)の最終曲を改稿して独立させ交響詩「フィンランディア」を発表。フィンランドへの愛国心を沸き起こすとしてロシア政府はこの曲を演奏禁止処分にしたという。

≪観賞作品≫
★ スメタナ  連作交響詩「我が祖国」より 「モルダウ」
                フランクフルト放送交響楽団   指揮:インバル
★ ドヴォルザーク  「交響曲第9番 新世界より」(1892作曲、1893初演) 第Ⅰ楽章、
               1992年  ニューヨーク・フィル  指揮:クルト・マズア民族の心を歌う:北欧ほか-001縮小
  
★ グリーグ   「ペールギュント組曲」より 「ソルヴェイグの歌」「アニトラの踊り」
★ シベリウス    交響詩「フィンランディア」
               1992年  エーテボリ交響楽団  指揮:ヤルヴィ民族の心を歌う:北欧ほか-002縮小
≪ 本日の演奏曲 ≫
  ★ シベリウス  「樹の組曲」
1. ピヒラヤの花咲く時 
2. 孤独な松の木  
3. はこやなぎ民族の心を歌う:北欧ほか-003縮小
4. 白樺 
5. 樅の木 民族の心を歌う:北欧ほか-004縮小


ーーーコースの練習ーーー
午後はコーラス指導。
前回の授業から20日空いた事を実感したスタートでした。
あれだけお教えいただいた歌い方をすっかり忘れたとまでは言えないまでもそれに近い出来。P1010214縮小

皆、野間先生の指揮を見る余裕がなく、譜面にくぎ付けでした。
しかし、さすが野間先生、3時の終了時には皆の顔が笑顔になっていました。
泣いても笑っても、練習は後1回のみ。
野間先生、小野先生を信じてついて行きますので、ご指導よろしくお願いします。
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☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆


◆フィンランディア讃歌初めて聴きましたが 力強く当時の人々の闘う姿勢が感じられました。

◆新年早々「モルダウ」と「新世界より」が聴けて、今年は良い年になりそうです。やはり民族色のある音楽はすばらしい。

◆この時代の音楽は大きな自然を感じとても癒されます。モルダウと新世界は私のお気に入りです。

◆大好きなソルヴェーグの歌が聞けてよかった。学生時代は深い意味も分からず歌っていたが先生のお話で内容も分かり一層好きになった。

◆大好きな「フィンランディア」が聴けてうれしいです。そして「樅の木」!! 感動しました。先生がシベリウスの「樹の組曲」の全5曲を弾かれてすごいです。

◆今日のテーマは民族の心を歌うでしたが、今日聴いた「新世界」、「我が祖国」、「フィンランディア」、
「ペールギュント組曲」は、まさしく19世紀当時の民族の誇り、自立を訴えるものであり、民族としての矜持を持つことの重さを感じました。

◆生活環境は曲に与える影響を実体験出来ました。





☆☆☆ 上田先生から丁寧な回答&コメントが ☆☆☆


◆新世界よりはイングリッシュホルンの独奏の所が聴きたかった。
Ans.残念ながら第Ⅱ楽章まで進められませんでした。「遠き山に日は落ちて・・・」が聴こえてくる美しい旋律ですね。


◆スメタナとドヴォルザーク、今日聞くかぎりではスメタナが好きです。でも神経質なのはスメタナなんですよねえ。
Ans.スメタナとドヴォルザーク、いずれの作品も祖国への愛情と美しい自然を感じさせてくれます。スメタナが心を病み、ドヴォルザークがおおらかに生きられた、その差異には2人の人生基盤が大きく係わっていたのではないでしょうか。スメタナは神経質にならざるをえない境遇にあったと思われますが、それでも彼は美しく心豊かな音楽を書き遺し、彼の音楽に神経質さは感じられません。


◆ドヴォルザークや他の作曲家達は「故郷」「祖国」が作曲するにあたって大きな影響を受けているように感じる。やはり愛国心が強いのか。不幸な時代に遭遇したからか。
Ans.両方だと思います。


◆シベリウスの「フィンランディア」を聴くにつれ独立のため民族の心を表す歌曲を持つことは大切。果たして日本の民族を代表する歌曲とはーー?と考えてしまう。
Ans.私もいつも考えてしまいます。でも答えは見つかりません。自分の中にどれだけ愛国心があるものやら?とさえ。占領下の生活を知らないからなのだろうか?沖縄の方達は私より強い何かを感じておられるのではないか・・・など。本来は、これこそを考えるべきなのですね。


◆スメタナの「我が祖国」は交響詩で、グリーグの「ペールギュント」は組曲ということですが、交響詩と組曲はどう違うのでしょうか?
Ans.交響詩は物語性を表題に示す管弦楽曲のうち作曲家によって交響詩とされたもの、組曲はいくつかの楽曲を連続して演奏するように組み合わせ並べたもの。「我が祖国」も組曲の1種ですが交響詩として発表されました。
「ペールギュント」は戯曲付随音楽の成功により後に組曲として改編されたものです。



Comment. ”民族としての矜持”・・・重い言葉です。音楽は先ずは心地よさを与えてくれるものですが、同時に私達の心を底から揺さぶる力を持っている・・・その源に心を寄せてこそ鑑賞したと言えるのだと思います。今日のテーマ” 民族の心を歌う”、とりあげたのは東欧、北欧の音楽ですが、
本当に問われるべきなのは私達自身の、祖国愛、民族の自立、個人としての自立なのだと、今さらながら、思っている私です。
今日のテーマを音楽を深く受け止めて聴いてくださったみなさまに感謝です。  上田啓子



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