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今日のブログ担当は1班です。
今日は朝の合唱がなく、少し物足りなく感じていましたが、
ヴィヴァルディの「四季」
バッハの「ブランデンブルグ協奏曲」
パッヘルベルの「カノン」
モーツアルトの「ピアノ協奏曲20番」など
誰でも知っている名曲をたっぷり聞かせて頂き大満足です。
「カノン」が「かえるのうた」のような歌の追いかけっこを意味するとか、
曲の中に演奏家が自由に奏でられる部分「カデンツア」があるなど、
初めて知りました。
音楽は、作曲家と演奏家の芸術のコラボレーションで成り立っているのだと改めて思いました。

------- 上田先生の講義録 ---------
今日のソロ・ピアノはクイズでを止めて、パワーポイントでの映画紹介と共に、聴いていただきました。私達と同世代のD.フォスターの爽やかな音楽です:君がいた夏 stealing Home。
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続いて「人生の扉(竹内まりや)」、4度上げて二長調にした楽譜を配布。素敵な曲ですが、リズムが難しいので、今日はリズムの捉え方のお話のみ。来週から頑張って歌いたいと思います。
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さて、本題の協奏曲に・・・
バロック時代、≪楽器達≫は飛躍的な発展を遂げ、これまで≪祈り≫或いは≪踊り≫や≪芝居≫と共に在った音楽は≪楽器≫のみで自立した営みを始めます。今日はその中でもとりわけ華やかな≪協奏曲≫の成立と展開を追い、描写的、立体的なバロック器楽作品を鑑賞しました。
✤ 4パートを4方向から見れる譜面を紹介、とくに楽器指定も無かった時代のアンサンブルの形です。
  ❡J.ダウランド(1563-1626) 「流れよ 我が涙」
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✤ トリオソナタからコンチェルトへ
  「トリオソナタ」は、2本の旋律楽器(ヴァイオリンなど)と低音楽器で奏される3声の器楽曲です。近代の「協奏曲」は華麗な独奏楽器とオーケストラとの“協演( 競演?)”ですが、ルーツはバロック時代の「トリオ・ソナタ(3声部の器楽曲)」に遡り、「トリオソナタ」の低声部(バッソ・コンティヌオと呼ばれる)がハーモニーをつかさどる弦楽合奏部に拡大して形成されたと言われています。その低声部に付された数字がジャズのコードネームのような役割を担い、演奏家はそれに基づいて自在に即興を繰り広げてゆきます。
❡A.コレルリ(1653-1713) 「トリオソナタOp.3-2」
❡A.ヴィヴァルディ(1678-1741) 「四季」(『和声と創意への試み』Op.8 N.1-4) (1725)
「四季」は作曲者の命名ではありませんが、バロック・コンチェルトの代表的表題音楽で作者不詳のソネットが付されています。今日はその詩句を味わいながらイ・ムジチ合奏団の美しい音色と迫真の描写を聴きました。抜粋でしたが、北イタリアの四季を味わっていただけたでしょうか。
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❡G.F.ヘンデル(1685-1759)「ハープ協奏曲Op.4-6」
✤ 一方、反復されるバスの上に変奏が繰り広げられる音楽も立体的な展開を見せます。
❡ パッヘルベル(1653~1706)「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」
  「カノン」だけを聴きましたが2小節のバスが28回も反復される荘大な名曲。
✤ 協奏曲の最も華麗な部分はカデンツァと呼ばれる即興演奏部分、そのルーツと構成を学び、下記の2曲を鑑賞しました.
❡ J.S.バッハ 「ブランデンブルグ協奏曲 第5番 第1楽章」
カデンツァ・セクションは、チェンバロで可能なあらゆる技術を駆使、人間業とは思えない華麗な演奏が為されています。      演奏:アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス。
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❡ W.A.モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番二短調K466第1楽章、第2楽章」
当時求められていた華麗な協奏曲とは趣が異なる作品。二短調で書かれ、暗く不安げな旋律、劇的な展開、厳しさと激しさの入り混じった感情など、強い表現性を持った作品となっています。ピアノは控えめにオーケストラに寄り添うかのようで、作者の繊細さが伝わってきます。音楽家として円熟、順風満帆の時期ゆえに、モーツァルトは本来の心情吐露が叶ったのではないでしょうか。
                 演奏:アシュケナージ(ピアノ&指揮)、フィルハーモニア交響楽団。



午後のクラスミーティング

コウダイフェスタで、当科はコーラスを披露することになり、
野間先生からコーラスのご指導を受けることに決まりました。
各班からコーラス委員を選出、10月22日から練習開始です。

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11月の遠足行き先、7月30日の白熱教室のテーマ、6月18日地震のため中止になった懇親会、来年3月の修学旅行の行き先など話し合いました。
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☆☆☆ 一口レポートの抜粋 ☆☆☆

◆心がゆったりします。寝つきの悪い日はモーツァルトを聞くのもいいかもと思いました。
◆曲の仕組みのようなものを聞かせていただき興味を持って曲を聴きました。
◆音楽は陽気と話されました。楽しみたいと思います。
◆ヴィヴァルディの「春」は何回も聴いているが、今回「夏」「秋」「冬」のストーリーを知り、CDを聴くことにしました!
◆パッヘルベルの音楽とかカデンツァのことが分かってよかった。
◆よく聴きなれた「四季」「カノン」「ブランデンブルグ協奏曲」等の”トウッティ”や”カデンツァ”の音楽理論に関する説明はやや難しかったが、今後の音楽鑑賞において役立ちそうです。
◆楽器を持ったことがないので専門用語は解りにくかった。ヴィヴァルディ、バッハの協奏曲は良かった。
◆協奏曲の演奏会、あまり行く機会がないので気に入った公演が有れば行って見たいです。

☆☆☆ 上田先生より丁寧な回答を頂きました。 ☆☆☆


◆今まで何となく聞いてきた曲の理解が深まりました。モーツァルトのk466のカデンツァの部分は現在でも自由に演奏されているのでしょうか?
Ans.カデンツァはソリストが独自の音楽を即興的に展開する自由があるセクションですが、作曲家自身のカデンツァが書かれるることもあり、著名な演奏家のカデンツァが残されることもあります。モーツァルトのK.466については作曲者自身によるカデンツァは残されていませんが、ベートーヴェン、フンメル、ブラームス、他多数のカデンツァが残されている・・・ということで先輩のを基盤にということも可能なのですが、演奏家は、最終的には自分の個性を出すと思われます。

◆ヴィヴァルディの四季「春夏秋冬」なんとなく春や冬のことが家で聞いてわかったが、庶民の日々の生活を描いていることが良くわかった。
Ans.「庶民の日々の生活を描いている」・・・それが愛されるキーポイントなのでしょうね。

◆協奏曲は4~5人で人数はきまっていますか。
Ans.演奏の人数は決まっていません。ソロ・パート(或いはソリスト達のパート)は決まりますが、ソロを支えるオーケストラの部分は、もともとは通奏低音(数字によって和声を示すバスライン)でしたので、それを如何様に割り振るのも基本的に自由だったのです。ただし其れは時代と共に変わり、近代以降はオーケストラ・パートも書かれますし、演奏する人数は増えて、ダイナミックになってゆきます。

◆「全てが楽譜に表現されない」演奏家と作曲家の関係性が対等であるような。音楽が瞬間芸術とわかりました。
Ans.西洋音楽の楽譜は本当に良く出来たツールで、そこには西洋文化のエッセンスが詰まっており、西洋音楽は楽譜の上で発展してきたとも言えますが・・・・でも所詮ツールはツール、人の心の機微の全てを描き尽すことは出来ません。御指摘は的を得ており、一瞬々々のパフォーマンスを作りだすのはパフォーマーなのです。さらに付け加えるなら、18世紀半ば、未だ作曲家と演奏家は分離しておらず、現在のような別々の存在ではありませんでした。

◆「人生の扉」は楽しそうですね、10回位の練習では不十分だと思います。もう少し全員が知っている歌を選んで練習した方がベターと思います。
Ans.竹内まりやの「人生の扉」、曲を知らない方もおられますし、たしかにリズムは難し目です。でも音域は広くないし、二長調に上げたので誰でも歌えます。高大フェスタ練習までのウォーミングアップのつもりで提案してみました。何より歌詞が私達の世代にぴったり!です。 しばらくチャレンジしてみませんか。高大フェスタ発表の曲は、これとは別に、野間先生と御相談のうえ、皆さんで選んでください。

◆音楽の成り立ちの中で楽譜に書かれていなくて演奏者の自由に演奏出来る事は素晴らしいですね。
Ans.音楽に限らず「アドリブ」は大きな要素だと思います。”型を破る”ところから何かが始まるのかも。

◆早くバッハやモーツアルトの時代にならないかと思っていましたが、もう少しバロックの音楽の勉強もしたかった。
Ans.まだまだありますよ~。来週は「バロックの両雄:バッハ&ヘンデル」ですし、来々週のバイオリニスト演奏の半分はバロックです。お楽しみに。

◆予約演奏会とは一般の人 誰でも参加できるのでしょうか?
Ans.身分の制限があったか否か、制限範囲がどこまでであったか? 定かではありませんが、予約は高価であったと思われます。予約演奏会、多くは王侯貴族のサロンで行われていましたから。一方、庶民の楽しみの場として、カフェやビア・ホールでの演奏もあり、それは誰でも楽しめたと思われます。

◆ヴィヴァルデイの「春」以外を初めて聞いた、モーツァルトのピアノ協奏曲は彼らしからぬ印象であった。
Ans.今日聴いた協奏曲第20番二短調K466は、当時の協奏曲とは雰囲気を異にした別格な作品です。一般的なモーツァルト像とは異なる側面が強く感じられることでしょう。1785年、音楽家として順風満帆の時期、彼は本当に書きたい作品を書いたように思えます。ということは、これが彼の本質で、一般に流布している”軽快なモーツァルト”は仮面かもしれません(あくまで仮定ですが)。

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